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まるちょんの謎を解く

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皆様は「まるちょん」とういう言葉と図形に何を思い浮かべるでしょうか?

多くの方は「日月神示」に書いてあったという事を言うでしょう。そう・・・それが多くのスピチュアル本で刷り込まれたので。

まるちょんには上記の様な物が有りますが、この内容ってそもそも初めからそうだったか?考えた事がありますでしょうか?実はこの記号は岡本天明が用いる前から存在していたものです。 つまり、多くの人が知っているのは上の記号を【まるちょん】ていうんだと思っていると思います。 しかし、スの神とか天之御中主とかいう風に思い込んでしまうと実は「とある事に気が付かなくなってしますのです」 さて、本当に「この記号」に本当に込められた意味とこの記号が歴史の中で一体どういう風に扱われて来たのか?まずはご紹介していきたいと思います。

『まるちょん』の歴史とは

江戸時代 ①荷田春満:江戸中期の国学者・歌人 復古神道の唱道者である荷田春満(かだのあずまろ)という人物がいました。春満は伏見稲荷大社の祠官(しかん)。彼は秦氏で渡来系だった人物です。 荷田春満は契沖の『万葉代匠記』などを学び、国家意識を強くして古典及び国史を学び古道の解明を試みた結果、『万葉集』『古事記』『日本書紀』や大嘗会の研究の基礎を築き、復古神道を提唱した。 荷田春満の弟子に、賀茂真淵がいる(下賀茂・上賀茂神社の神神社の神主) まるちょんの秘伝を山口さんに伝えたという

「布斗麻邇御霊」フトマニは最初からメジャーではなく元はとある家系に代々伝わってたものだった

②山口志道:①の荷田 春満と同じ様に古文の研究をしてた。 『古事記』神代巻の解釈に力をいれ、代々山口家に伝わる「布斗麻邇御霊」の謎を解こうとしていたが。なかなか解けず、ようやく文化十二年の51歳の 年の9月に荷田訓之から伝えられた『稲荷古伝』(『水火の御伝(いきのみつたえ)』)を照合して、日本古来の古言を解くことができました。そうして出来た本(※上記の図案がその布斗麻邇御霊) 水穂伝(みずらほつたえ)を書いた。

③岡本 天明 山口志道の水穂伝を自分なりに翻訳解釈して神卸し的にして世に出した 品でが「日月神示」(ひふみ神示)だ、 岡本天明による現代語訳の『水穂傳』が昭和 19 年に 200 部出版されている。

日月神事とフトマニの文字が似ている理由は

結局同じ言語を分析したものだからという事でしょう。

しかし、とある知識と照らし合わせるとそれは教える為ではなく隠すす為だったのだろうと気が付きます

まず①の荷田は 『万葉集』『古事記』『日本書紀』や大嘗会の研究の基礎を築き、復古神道を提唱・荷田春満の弟子に、賀茂真淵がいる(下賀茂・上賀茂神社の神神社の神主) 日本書紀等ってどう言われているか知っていますか?そうインチキ歴史書と指摘する考えの人もいるという事。実際におかしいのはその後出てくる岡本天明の日月神示すって大本教団の経典だろうけど、その手先の桜井氏の本では藤原が日本書紀を書き換えたと大批判しています。混乱しそうになりますが、忘れてはいけないのは、荷田春満の弟子に、賀茂真淵がいる(下賀茂・上賀茂神社の神神社の神主) そして、岡本天明を経て王仁三郎がその教義を使用している。 ここまで言ったら気が付いた人もいたかもしれません。 そう八咫烏縁の血縁に、神社に、宗教と・・・・ 実際卍会に王仁三郎や八咫烏は属していらう訳です。 スピ本を沢山読むと分かりますが、 ●八咫烏が大切な歴史を隠した ●八咫烏は天皇家を守る者達 ●上記の理由により神武天皇が最初の日本の歴史にしたい ●ニチユ同祖論を刷り込み一番古い文明的な事は全部自分たちが日本にもたらしたと言う事にしたい。つまり日本の歴史の始まりは自分達だという事にしたい。

しかし、残念ながら私は彼らの話が嘘であることに気が付いてしましました。

彼らが一体何を隠したかったのか?私は以下の様に分析します

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