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セイラック~山と川と釣りの物語 vol.19&20 '90年代のサクラマスデイズ

まえがき、のようなもの

鱒の森第26号と27号に掲載された、セイラック19話と20話です。 長い物語になったので、さすがにページを取り過ぎるとの出版社側の判断で、2回に分けて掲載されました。 現時点で、ひとつのストーリーが2回に分かれたのは、これが最初で最後になります。 通常の倍くらいの長さですが、辛抱強くお付き合いください。 以下、セイラック本文です。

3月 追波川

成瀬の母親によると、彼は3歳の頃「大きくなったら、消防車になりたい」と言っていたのだそうだ。 野球選手でもなく、ウルトラマンでもなく、消防車。 消防士でもなく、消防車。 赤くて強そうなところがカッコ良かったのだろうか。 ちょっと笑ってしまうが、しかしそんなどうでもいいことを長い間記憶していることが、母親の愛情というものなのかもしれない。 そして、彼の願いは空しく、残念ながら現在、彼は消防車にはなれていない。 おそらくこれからも、なれない。 消防車を目指していた男の母親ではなく、僕らと同年代、つまり20代後半ぐらいの年齢のその母親は、赤ん坊がチャイルドシートで眠る車の中で、読書をしていた。 車はランクルで読書するための広さは十分。 しかも、ここ数日暖かな日が続いているし、太陽が照りつけているので車内は十分に暖かいだろう。 でも、何故だろう? という疑問は湧いた。 何故、読書? 何故、ここで? 追波で? 僕らは、追波川にいた。 宮城県にある北上川の最下流部だ。 北上川は、岩手県の内陸に水源をもち宮城県で太平洋に注ぐ、日本で4番目に大きな川である。 河口は2つある。 旧北上川は石巻市に河口があり、新北上川は東側の追波湾へと流れ込んでいる。 もちろんどちらも流れ込むのは太平洋だが、河口は直線距離で20キロ以上離れている。 石巻地区の洪水災害を防ぐために、昭和のはじめに放水路として新北上川が作られたという経緯があるという。 その新北上川の方は、特に釣り人の間では追波川と呼ばれ、早春のサクラマス釣り場として有名なのだ。 もちろん、旧北上川にもサクラマスは遡上する。 この2つの河口を通過した魚が北上川の各支流へ上り、また時には僕にとっても成瀬にとってもホームタウンである盛岡市内へ到達して、秋に産卵を迎える。 高校からの友人であり、現在は神奈川に住む成瀬とは、追波川で待ち合わせた。 僕は早朝に盛岡の自宅を出発し、成瀬は前日の仙台出張のあとホテルに泊まり、朝にレンタカーで川まで来ることになっていた。 成瀬の東北方面への出張は、釣りシーズンである3月から9月の間に多い。 取引先との打ち合わせを金曜に設定し、週末を釣りに充てるのだ。 そうやって、盛岡に出張に来ては、僕を誘って渓流釣りに行くことが多かったのだが、サクラマス釣りとなると、盛岡はあまり良い選択とは言えない。 僕が川に着くと、ちょうど成瀬が車から降りてタックルの準備をしているところだった。 彼の車の前後にスペースはなかったから、少し離れた場所に車を潜りこませた。そこが、そのランクルの前だったというわけだ。 他人の車内を盗み見る趣味があるわけではないのだが、そのランクルは、僕の車のすぐ後ろに止まっていたので、見ようとしなくても視界に入ってしまう。 ダッシュボードには新聞が置いてあり、trfの写真が見えた。 最近はテレビやFMから、彼らのダンスミュージックが流れない日はない。 既に午前8時を過ぎていて、ごく一般的な釣り人の行動に照らし合わせると、釣りを開始するにしては遅い。相当にやる気のない時間と言える。 「どうだろうな、釣れているのかな」準備を終えた成瀬が、僕の所へ来て言う。 さあな。まずは準備だ。 「言われた通り、チヌークを10個、クルセイダーを10個買ってきたぞ」

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