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セイラック~山と川と釣りの物語 vol.16 下北半島に回転する星たち

まえがき、のようなもの

鱒の森第18号に掲載されたセイラック16話です。 この回は、時間を掛けずに、すらすらと書き上げることができました。 それは、土台となる出来事が、結構はっきりと存在したからです。 書くのは比較的楽ちんでしたが、テーマとしてちょっと重い部分もあります。 以下、セイラック本文です。

コップの中の水にも魚がいるかもしれない

「まだ飲み始めるには早すぎるな。ここがハワイだったら昼下がりにプールサイドでビールは最高なんだが」成瀬が言った。 久しぶりに盛岡は快晴に見舞われ、空は高く澄んでいた。 前日降った雪が、目を細めなければ辛いほど太陽を反射していた。 午後1時半過ぎだった。 確かにビールを飲み始めるには早い時間だし、ハワイだって観光で行くんだから昼からビールを飲むわけで、ハワイの人がいつも昼からビールを飲んでいるわけじゃない。 しかし何より、そういう常識的な思考が成瀬にあることに僕は驚く。 神奈川に住む成瀬が盛岡に帰省したのは正月以来。 その時も僕らは高校の同級生ら何人かで集まり、大通りの居酒屋で飲み、どうでもいいことを5時間ほど話した。 そして正月から1ヶ月しかたっていないのに再度帰省したのは、成瀬によると「暇だしよ、渓流も解禁まで時間があるしよ、東京の釣具店に行ったら散在しそうだから」という理由らしいが、何だかんだ言って、故郷の盛岡が好きなのだろう。 その日はラーメン食いに行こうぜと電話があり、その電話で帰省していることを知った僕は、成瀬を彼の実家で拾い、上の橋の近くの老舗ラーメン屋で昼飯を食べたところだった。 そのラーメン店は、地元では有名な店で、店内がとても狭くてメニューがひとつしかなく、そしてべらぼうに美味い。 無理やり難点を探すとするなら、その味があっさりしていて、こってり好きの人には物足りないということぐらいだろう。 成瀬も久しぶりにこの店でラーメンを食べ、店から出た途端に、「なあ小金山、味噌ラーメン食いたくねえか」と発言し僕を驚かせた。 なら最初からこってり系とか味噌とか食いに行けばよかったんじゃないかと僕が言うと、それは口の中が何となくそうだってことで、本当にこれから味噌ラーメンを食いに行こうという意味ではないからな、と変に念を押した。 「たとえばよ、チョコレートを食べるとコーヒーが飲みたくなるとか、芦ノ湖でバス釣りばかりしていると渓流釣りが恋しくなるとか、スリムな女性と付き合ったら次はぽっちゃりした人に興味が行くとか、そういうことってあるだろ。そういうことだよ」 何がそういうことなのかわからなかったが、まあ確かに僕も、アイスを食べたら水を飲みたくなる。 「そうだ。じゃあ、あそこに行くか」成瀬が言う。 そうだって、どこだ? 京都か? 「JRのCMじゃないんだから、何で京都なんだよ。大体京都は寒いんだぞ。『京の底冷え』って知らないのか? オレは寒いとこ、嫌いなんだよ」 それを言うなら盛岡の方が寒い。 お前は神奈川から何で寒い盛岡に来たんだよと、僕は成瀬に突っ込みたくなる。 「飲み始めるまで2~3時間あったら、オレとお前が行く場所は、セイラックに決まっているだろうが」 それは全然決まっていないけれど、異論はない。 僕は駐車場に止めてあった車のドアを開け、セイラックに車を向ける。

変わるのは天気と彼女の気分だけとは限らない

近くの駐車場に車を突っ込み、積もった雪に気を付けながらセイラックのドアを開ける。 「どうも久しぶりです」と成瀬がでかい声でいうと、言幸さんが、伏せていた顔を上げて、ああ、久しぶりだねと応じた。 僕も成瀬の後から扉をくぐりながらあいさつする。 「いやあ、寒いですねえ。盛岡は人の住む場所じゃないですよ。神奈川とは大違いです。あっちでは今頃ヤシの木の下でフラダンス踊ってますよ」 盛岡で生まれ育った成瀬は、分かりやすい嘘を言いながら、棚のルアーを物色し始める。 僕も左右の棚をゆっくりと眺めていると、言幸さんの視線に気が付いた。 「小金山君、これ読んだかい?」と言幸さんはカウンターに広げた新聞に視線を送った。

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