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セイラック~山と川と釣りの物語 vol.15 希望のアユカラー

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まえがき、のようなもの

鱒の森第16号に掲載されたセイラック15話です。 成瀬がこの物語に登場して3話目。 彼のプロフィールもどんどん固まってきています。 川での釣りのエピソードの他、高校生の頃の思い出も出てきますが、なぜこんなことを書くに至ったのか、全く記憶はありません。 以下、セイラック本文です。

2012年7月

「小金山君、希望の旗は高く掲げるんだよ」 成瀬はそう言った。 ちょっと気取ったことをいうとき、気に入った言葉を発するとき、成瀬は僕のことを「君付け」で呼ぶ。 「だから尺ヤマメが釣れないんだよ。ダメだなあ、小金山君は」 僕はその日、県内の渓流にヤマメ釣りに行き、撃沈してきたところだった。 まだ暗い時間に家を出て、川が薄明るく開けてきたタイミングで、キャストを始めた。 午前中は支流を、午後はさらにその支流を釣った。 釣ったというより、ひたすら歩いてひたすらルアーを投げ続けた。 ほぼまる1日釣りをして、20㎝クラスのヤマメとイワナが、3つ出ただけだった。 夕方に家に戻って駐車場で釣りの後片づけをしていると、成瀬から電話が入った。 「大通りの『日々』にいるから、すぐに来いよ」 あれ? 成瀬はまだ神奈川にいるはずなんだが。 お前、盛岡に来るの明日じゃなかったのか? 「いや、無理やり出張をでっち上げた。明日こっちで仕事をして、週末はめでたく休みだ」 フリーランスのようなサラリーマンだなと思いながら、30分したら行くと言って電話を切った。 そんなわけで、僕らは居酒屋チェーン「日々」で1か月ぶりに顔を合わせた。 もともと、週末は一緒に渓流釣りに行く予定だったのだ。 金曜の夜に行くから、土曜日曜と釣りをしようと成瀬はいった。 だけど、「金曜移動だと、ゆっくり飲めないからな。だから無理して出張を作ったんだよ」 翌日が釣りだと、ゆっくり飲めない。だから、仕事をでっち上げたということだ。 「いろいろ大変なんだぜ、さほど必要のない出張を上司に納得させるのもさ」 せっかくの努力は別の形をとった方が、会社や、経済や、世の中のためになるのだが。 「仕事なら、多少朦朧とした頭でも大丈夫だけど、釣りはそうはいかないだろ」 成瀬の会社の上司に、今の成瀬のセリフを、是非にも伝えてあげたいと思った。 「で、小金山。お前はオレに内緒で、抜け駆けして、今日釣りに行ってきたと、そういうわけだな」 今日釣りをしてきたと告げると、成瀬はそう絡んできた。 別に、内緒で行ったわけじゃない。 言わなかったのは、報告する義務がないからだ。 「秘密裏に釣りに行ったにもかかわらず、ボーズだったと、そういうわけだな」 だから、秘密でもなんでもないって。 「極秘行動も裏目に出たんだな」 だからな……まあいい。 ボーズだったのは確かだし、成瀬のこういう細かいところにいちいち反応していたら疲れてしまう。 ただでさえ、相手するのが大変なのだ。 生ビールを2杯ずつ飲んだ後、僕らは泡盛の水割りに移行していた。 僕が壁に貼られたメニューに「萬座の古酒、入荷しました」という手書き短冊をみつけ、それを注文すると、成瀬は「あ、オレも」と言う。 成瀬は特に酒に好みはなく、アルコールが入っていればなんでもいいはずだ。 だから成瀬に萬座の古酒なんてもったいない。こいつはレモンチューハイとか飲んでいれば十分なのだが、それを指摘すると、やはりいろいろと面倒なことになるので、僕は黙ってもう1杯追加する。 「で、小さいのしか釣れなかったと」 泡盛の水割りのグラスを口に運びながら、成瀬が言う。 そうだよ。今年は、まだ尺ヤマメを釣っていないから、本格的な夏が来る前に、何とか釣りたいんだよ。 1シーズンに、せめて尺を1匹。 そう僕が言ったときだった。 成瀬が、グラスをテーブルに静かに置き、天井を見上げながら言ったのだった。 「あのな小金山君。希望の旗は高く掲げるんだよ」 そして、だから尺ヤマメが釣れないんだよ。オレの今回の目標は40㎝のヤマメだ、と続ける。

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