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有名プロレスラーが死後に教えてくれた「人生の壁にぶつかった時の歩き方」

有名プロレスラーが死後に教えてくれた「人生の壁にぶつかった時の歩き方」                                 ~立ち止まってしまう時に知ってほしい、光次元の導き~

目次 🌸はじめに(無料) 🌸プロレスラーの死(無料) 🌸15年ぶりのプロレス観戦(有料) 🌸「カニ歩きをしろ!」(有料) 🌸もう一度歩き出す(有料) 🌸おわりに(有料)

🌸はじめに   この出会いがなければ、今の自分はいなかったかもしれません。 人生の壁にぶつかった時、どう歩いていけばいいのか。 実名を公表することはできませんが、今は亡きあるプロレスラーが死後に教えてくれたことを伝えています。 その方が亡くなって10年以上の月日が流れました。 この年、私はまさに人生のどん底にいるような気分で、今年自分は死ぬのだろうとさえ感じて生きていました。 そんな時、飛び込んできた有名プロレスラーの急死のニュース。 プロレスに何の興味もなく、プロレスラーさえ数人ほどしか名前も知らないくらいの私が、なぜかそのニュースで体中が震えました。 その方は私が名前を知っている数人の中の一人。 毎日鍛錬にて心身を鍛え、丈夫そうにみえるプロレスラーでも急死してしまうんだ・・・ そんな思いと同時に、なぜかソワソワする焦燥感に襲われたのです。 私はその方と面識はありません。 そしてプロレスというのも、高校生の時に一度見たことがある程度で、プロレス自体、残酷で血まみれのスポーツだという偏見さえ持っていました。 それなのにニュースを知った時、ものすごい衝撃が全身に走りました。 なぜ、こんなにショックなのか・・・ なぜ、こんなに気になるのか・・・ なぜ、とんでもなく大切な何かが、欠けたような気になるのか。 夜中の二時になっても眠れず、なぜかそこから私はパソコンを開いて、ニュースを見たり、昔のインタビューに答えている映像をずっと見続けました。 その時、気がついたのです。 この人は、私にとって特別な意味がある人だったのではないだろうか・・・ということに。 そしてこの気づきがのちに、私を大切なことへ導き、死後に魂ができることや、死しても地球の役に立つことが出来るのだと知ることに繋がりました。 高次元へ旅立った方々が、何を伝えようとしているのか。 誰もが人生のどこかで何かにつまづき、虐げられたと感じることがあります。 そんな時、人生のどこへ向かって歩いていけばいいのだろうと、迷うこともあるでしょう。 コロナウィルスや不況の波に襲われ、漠然とした不安に陥っている方もいらっしゃることと思います。 そんな今だからこそ、死を恐れる必要がないことや、大切な方が逝った後もずっと繋がっていることを、知ってもらえたらと思います。 人生、歩き方こそが生き様のすべて。 このメッセージが、誰かのお力になれますことを祈って。 読み進めているうちに、どなたのことか分かる方もいらっしゃるかもしれませんが、例え分かったとしても、各々心の中で静めて頂ければと思います。 これは人生の出会いは死後にもあるのだと知るきっかけになった、私が体験した私の物語です。 よろしくお願い致します。 🌸プロレスラーの死 なんとなくだけど、「私っていつ死ぬんだろう・・・」って、考えることがある。 なんとなくだけど、「私。今年死ぬんだろうなあ・・・」って、感じる。 今年、死ぬのだとしたら、いつか? それは今、とても重要なことなのかもしれない。 だけど、明日だと言われたとしても、さほど動揺しない自分もいる。 なぜなら、この予感的なものは、本当はもっとずっと前から感じていたものだからだ。 私は33歳までに死ぬ。 20代の頃から、そういう予感があった。 予感と言っても、特別確信的なものがあるわけじゃない。 そう。本当に、なーんとなくなのだ。 そのために夢だった小説の出版に、焦りながらチャンレジした。 無事に二冊出版までこぎつけることができたし、ほんのわずかではあるが、本屋の軒先に自分の本が並んだこともあった。 私がこんなに急いで夢を叶えたのは、33歳までに死ぬという予感が、いつも頭の片隅から離れなかったからだ。 そのために働きながら、毎日小説を書き続け、家にいる間トイレと風呂以外ひたすら小説を書いた。 29歳で仕事を辞め、退職金と貯金を全て使い果たした。 もうすぐ、私は31歳になる。 まるで人生の終わりを告げるかのように、出版社が倒産した。 倒産と同時に私の本も絶版本と化した。 残念な気持ちはあるけれど、ちょうど私と一緒に消えるって感じで清々しい気もする。 それでも出版という夢のために好きなテレビも音楽も我慢して、ただひたすら小説を書き続けた時間や、つぎ込んだお金のことを考えると、何とも言えない虚無感に襲われていた。 まだ命があるのなら、次の作品にでもチャレンジしようかと思っている矢先の出来事でもあったため、一気に気が抜けてしまったのだ。 それでも毎日はちゃんとやってきて、毎朝きちんと目が覚める。 全然死にそうにもない。 いや、そんなこと言っているとぽっくりと逝ってしまうものだろう。 そう思いながら、毎日をなんとなく過ごしていた。 生活費のために始めたアルバイト先で、お昼を食べながらいつものようにネットサーフィンをしていた。 その時、「プロレスラー急死」のニュースがパッと目に飛び込んだ。 なぜか分からないけれど、「えっ?だれが・・?」という気持ちになった。 きっと誰もが知っているであろう、有名な名前が目に入った時、「ええっ!!」と思わず叫び声をあげた。 するとお昼を一緒にしていた同僚の女の子が目を丸くしながら言った。 「知らないんですか?ニュースでも、相当やってましたよ」 絶句して何も言えない私をみて、彼女はさらに驚いた様子で言った。 「ええっ。本当に知らなかったんですか?かなり話題になったじゃないですか」 「なった?って、これっていつのこと・・・?」 「もう、一カ月くらい前じゃないですかね」 一カ月・・・・・ 一カ月という言葉に、衝撃が走った。 そしてプロレスラーという言葉に、さらに??が頭を駆け巡った。 なぜなら、これは相当失礼な話ではあるが、当時私は世の中からプロレスというスポーツは無くなったと思っていたのだ。 プロレスというスポーツはK1というスポーツに変わったんだと、K1にプロレスをやっていた選手が出場しているのを見て、勝手にそう解釈していた。 「プロレスって今もやってるんだ・・・・」 私の言葉に同僚の女の子は、絶句していた。 それから何時間たっても、一カ月前に急死したプロレスラーのことが頭から離れなかった。 家に帰っても気になる。 でも、プロレスファンでもない私には、関係のないことでもある。 そう言い聞かせて他のことで気を紛らわしていたが、やっぱり気になる。 プロレスといえば、強靭的肉体を持った人間が、激しくぶつかり合うスポーツであり、時に凶器が飛び出し血まみれになる残酷なものというイメージがあった。 そんなスポーツをやりたいと思う人の気が知れず、血まみれなっている人をみたいと思う気持ちにも理解しがたいものがあった。 嫌悪する気持ちがあるのと同時に、心のどこかでなぜかプロレスラーが気になる自分もいた。 なぜ、こんなに急死したプロレスラーが気になるのか、訳が分からないけれど、気がつけばパソコンを開き、試合をしている姿やインタビューで答えている姿の動画を探しては食い入るように見ていた。 インタビューに穏やかに答える様子は、試合の激しさとは正反対であり、どこか真面目で真摯な部分も持ち合わせているように感じられた。 「こんな丈夫で強く鍛えている人が、亡くなってしまうなんて・・・」 そう思っていた時、私はハッと気がついてしまった。 有名で人気のあるプロレスラーの目の奥に宿っている孤独感。 人間、誰にでも目の奥に孤独感を宿しているのだが、その目の奥に広がる暗黒の闇の輝きが自分と同じなのだ。 この人の抱えている孤独感と私が抱えている孤独感が、同じもののように感じる。 「この人の目の孤独感は、私と一緒だ・・・」 自分が目の奥に宿している孤独感と、同じ光を宿している人を初めて見つけた、という気持ちになった。 初めて見つけた驚きと喜びもつかの間、もうこの人はこの世にいないんだ・・・という現実を思い出した。 そう思ったら、取り返しのつかない場所にいるような、大切ななにかを知らない間に逃していたという焦燥感に取り憑かれた。 やっと同じ光を持った人物と出会えたのに、出会った時には相手はもうこの世にはいない人だったなんて、そんなことがあっていいのか。 自分が今年死ぬと思っていたのに、死んだのは同じ孤独感を目に宿した、有名なプロレスラーだった。 ほんの一カ月前までこの世に存在していたのに、私はいったい何をしていたのだろう。 何をぼんやりと生きていたのだろう。 なぜ、今なのか。 一カ月も知らなかったなんて、いったい自分はどこまでボケているのか。 キーボードの上で、頭を抱えて大声を上げて泣いた。 自分の馬鹿さ加減に呆れるのと同時に、とんでもない淋しさが押し寄せてきた。 なぜ一度も会ったこともないのに、こんなに淋しいのか、なぜこんなに情けないのか。 とても大切な人の存在にも気がつかず、敬遠したまま、いなくなった後で真実を思い出した自分は、とんでもない人生の大失態を演じる女優のようだ。 もう、こんな人とは出会えないだろうと感じたら、さらにどうでもよくなった。 そのまま夜が更けて、私は泣き疲れて眠った。 鳥のさえずりと共に、パッと目が覚めた。 身体を起き上がらそうとすると、ものすごい痛みが首に走った。 「いっ痛い!!」 思わず声を上げた。 なんなんだ・・・この痛みは。 生まれて初めて寝違いを起こしたのか、首に激痛が走り、起き上がるのもやっとの状態だった。 そして、夢を見たことを思い出した。 だが思い出せたのは、急死したプロレスラーが苦しがっているような表情をしていた・・・それだけだ。 それだけが印象に残っているだけだったが、もしかしたら・・・と考えた。 もしかしたら、一カ月経った今も、痛みに苦しんでいるのかもしれない。 これは大変なことになったと感じた。 私にできることがなにかあるのなら、何かをしたいけれど、いったい自分に何ができるのだろう。 そう思って、姉のメアリーに相談した。 メアリーには昔から、霊と交信する不思議な力があった。 すると彼女は、私にこう助言をした。 「分かってあげるだけでいいのよ。痛みも苦しみも、ただわかってあげればいいの。こんなに痛かった。こんなに苦しかったんだということを、誰かにわかってもらえればそれだけで安心でしょ」 それからしばらくの間二人で、感じたのであろう痛みについて語り、今はもうすでにその痛みから解放されていることを伝えた。 首の痛みはしばらく続いたが、少しずつ和らいでいった。 一番つらかったのは、少しも上を向けないので、うがいができないことだった。 家に帰ってきた時も、歯磨きをしている時も、うがいが出来ないことがこんなに不便なのだということに、生まれて初めて気がつけた。 今、プロレスというのは、いったいいつどこでやっているものなのだろう。 ケーブルテレビで放映しているという情報をつかみ、夜中にテレビをつけてみた。 するとたまたま、プロレスの放映をやっているではないか。 私はその試合を見て驚いた。 なぜなら私が想像するプロレスとは、あまりにもかけ離れたものだったからだ。 図体の大きい筋肉マンが、その鍛え上げた肉体をぶつけ合って殴り合い、押し倒すといった、はるか昔、幼少の頃に父がテレビでみていた時の印象をずっとそのまま持っていたが、それはまるで新時代のプロレスというべき内容だった。 決して大きな肉体だとは言えないプロレスラー達が、その弱点を超えるほどのスピードと技の多才制を持ち、何よりもその肉体の切れが新感覚を呼び起こすように感じられた。 そこには血まみれも、残虐性のかけらもない。 人間の肉体の限界がどこまでかを探る可能性さえ感じさせた。 「えっ!これが今のプロレスなの」 私は一気に困惑したが、それは同時にプロレスへの偏見が一新した瞬間でもあった。 それから一時すると、頭のなかで変な声が響く。 「やっぱりプロレスは面白い。プロレスっていいよな・・・」 これは自分の思いなのか、別の誰かの思いなのか、よく分からない。 そして試合を見進めていくうちに、いろいろな考えが頭の中を駆け巡った。 もっとこうした方がよかっただとか、一人一人の選手に対して、どうやって育て導こうとしていたのかとか、もっというならば、今となってみれば感謝の言葉も伝えていない事に気がついていった。 これは、私の想いじゃないと感じた時、自分にできることはやらないと。という思いが込み上げていた。 私は文章を書くことができる。 ただ想いを理解するだけではなくて、その想いを伝えるべき人に伝えた方がいい。 そしてペンをとり、私が感じることを便箋に書き綴っていった。 それは気がつけば、便箋八枚分の長さになってしまったが、それを私が唯一名前を知っていた方に、郵便で送った。 私はやれることをやった。 感じた想いは伝えたし、これで私がやるべきことは終わったと、清々しい気持ちになった。 が、しかし。 それからしばらくして、まだ終わっていないのだと気がつかされることになった。

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