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純愛小説 "冷たく燃える雪"『キリマンジャロの雪』2 

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『キリマンジャロの雪』 ー2ー ――自分の価値に気付かないまま生きるきみ。 悲しいほどに好きだから、きみをつくり変える。

 愛することとか愛されることよりも、いくらで自分が買われるかが値打ちになった世の中で、少しばかりましな歌を聴けば、気分が良くなる。  クソによるクソのための自由ではなく、真の自由を歌おうものなら銃で撃ち殺されるし、良き事をうったえれば"悪"に転用される。  だから、  きっと本当は、  誰もが帰るところも安らぐ場所も、ない。  しかし俺は幸か不幸か、普通の人間たちのように悩むことが出来ない。  確かに俺の人生は、くそったれの上がり下がり(ups and downs)の日々だった。  が、過去を思い出すことなど稀だし、その時起こっていることについて、わざわざ悩み苦しんだりとか、わざわざ喜んだりとか、  そういうことがほとんど出来ない。  俺に言わせれば、長い間悩み続けられる人間たちは、変態性を特化させられる特殊な群れに見える。  無意識に変態化しているのに気づかないまま、さらなる変態化を、強いられている。  それが、  たぶん、  この惑星の地軸が、  今日も少しずつ傾いていっている理由なんだろう。  もしも、そういった人間集団に名づけるならば、  "星型模様を持つ縞馬集団"。  なぜかというと、縞馬は何があっても人に慣れない。    人間も同じで、何があっても、他人には心の深部を開かない。  だから人間集団の魂は、星型みたいな模様のついた縞馬のように、ありえない姿に進化した。  ――その群れは、少し悲しく、とても綺麗だ。

 どんな距離でもはかって見せる俺の仕事は独特で、結構きな臭いものだということはあまり世間に知られていない。  いろんな道具や技法やレンズを使いこなして、普通では計れない距離をはかる。  俺のような職種はたぶんごく稀にしかいないし、事実、ほかに同業者を見たことは無い。  たとえば、数か月前の1月のある日には、深い森の中で「あるもの」の距離を計れと、ゴメッド・バズの手下に頼まれた。  それは誰かが撃った9ミリ弾が、誰かの体(DEAD BODY)に当たるまでの距離を計る仕事で、もちろん撃った奴も撃たれた奴も、現場にはすでにいない。こういうケースでは詮索はタブーだ。  俺は煙草に火をつけ、草むらを踏み、黙って道具箱をかつぎながら聞いた。 「撃った場所は分かっているのか?」  バズの手下は言った。 「分かっているなら、わざわざお前に頼まないさ」  冷たい枯草の藪を二人で進むと、奥のほうでは土がずいぶん柔らかく、足がずぶずぶとめり込んでいった。  バズの手下は、 「山火事の原因になるから歩き煙草はやめろ」  と言った。 「騒ぎになったらまずい」  と顔をしかめる。  俺は、 「土は雪解け水で充分湿っているから、山火事にはならない」  と答え、人型に窪んだ血の匂いのする土のそばに立った。 「ここに撃たれた奴がいたんだな?」  相手は黙って頷く。  俺はその窪んだ人型の穴に、計測道具を設置した。  息を吐くと白いものが森林の深みに溶けていった。俺は窪みの形状を充分確かめながら、聞いた。 「ここが頭の辺りか」  手下は答えた。 「ああ、たぶん」  特殊なレンズを覗き込み、機器類と、距離を弾き出すトランスパサール(transpassar)を操った。  撃たれた距離を伝える。 「7672ミリ」  相手は言った。 「ミリの数字まではいらねえよ」  俺は頷いた。 「まあ、そうだな」  あまり知られていないが、銃は心臓の鼓動ですら照準がずれる。  バズの手下は、肩を竦めながら聞いた。 「それって大体、何メートル?」 「7.7メートル。あの獣道側から少し斜面に入った場所から撃たれた」  手下は、くすんだ首をそっちに向け、間の抜けた声で言った。 「ふうん」  彼はダクロン製の薄汚いジャンパーのポケットに手を突っ込んだ。 「ほかに何かわかる事は?」  俺は、トランスパサール(transpassar)の象牙色のダイヤルを逆向きにひねり、レンズを覗いた。これはまだ誰にも話していないことが、そうすれば、うっすらと過去が見える。

 過去が見えるのは本当にごく稀だ。運が良ければどうにか見えるくらいで、見える時には、傷のついた右横のこめかみに、かすかに痛みが走る。  過去を見るには、『今』と『過去』の距離を計ればいい。  その距離を知れば、ある特定の過去を見ることができる。  たとえば、  遠くにある百光年彼方の星は、  百年前の過去の姿を見せている。    もしも、  誰かがその星に立てば、  そこから百年前の地球が見える。  だからその理屈を使って、自分の意識の”アイサイト”を、宇宙空間のちょうどいい場所に飛ばす。  そっから現場を覗くと、当時の情景が見える(あくまでも、運が良ければだが)。  ――俺は手下に聞いた。 「ここで死んでいた"DEAD BODY"は、いつごろ撃たれた?」 「今月の6日だと思う。その日の夜頃から、奴と連絡が取れなくなった」  俺は、「奴」が誰なのかは敢えて聞かずに、黙ってトランスパサール(transpassar)のボタンを押した。  頭蓋骨に、閃いたものをつぶやく。 「雪が燃えている」 「土の下」  手下には俺の声は聞こえなかったようで、不格好な後頭部を撫でながら、ちらちら獣道のほうを見ていた。 「撃った場所を見てくる。何歩あるけばいい?」  俺は泥に汚れた手下の足を見て、答えた。 「ゆっくり歩いて11歩ほど」  すると手下は土を踏んで、なだらかな登り斜面を歩いて行った。  俺はしゃがみ込んだら、急いで、窪んだ辺りの土を手で掘った。  少し掘ると、何かが指に当たった。  少々硬く、妙な感触のそれを取り上げると、     

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