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赤い蛇の目傘(小説)

「かわいいよ美琴ちゃん」 独特な癖のある声をした男性が、私の上に覆い被さって、耳元でそう囁いた。男の背中に手を回すと、少しだけ固い肌に、温かく、妙に脈を打っていて、気持ちが悪い。この男とセックスするのは何回目なのか、それすら分からないが、偽名を呼ばれるのにまだ慣れていないことは分かった。男が選んだホテルの一室の窓には、白く薄いカーテンが引かれていたが、わずかに隙間ができていて、そこから雨が降っているのが見えた。雨音は男と私の呼吸音でかき消されてしまうほど、重く、静かだった。   幼いころの私の家族構成は、母と父と私の三人でできていた。当時住んでいた場所は、年季の入った賃貸アパートの一階にある一室。周りは住宅街で、どちらかというと古い一軒家が多かった。灰色のコンクリートのレンガでできた塀の近くには、どこから生えたのか分からない紫陽花がいつもよく咲いていた。紫色と青色がとても映え、青々としている葉の上には蝸牛がいた。当時過ごしていた場所は、二十年経った今でも鮮明に思い出すことが出来る。人の顔を除いて――。

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