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【 虹獣 】(コウジュウ) 1章:リルト 1~4話

【 虹獣 】 1章:リルト 1話:緘黙(カンモク)

 ある夏の夜。いつもと変わらぬ風景。そんな中を一匹の母犬と一匹のその子供が、道の端を小走りに急いでいた。 「リルト。まだ走れる?」 母犬は走りながら後ろを向きリルトの様子を伺いつつ、そう小声で叫んだ。リルトは走る事に精一杯の為か、どう答えていいのか解らなかった為か、ただただ黙って頷いた。それを確認した母犬は「しっかり着いて来るのだよ」と言わんばかりに、耳を後ろに向けつつも再び前を向き走り続けた。リルトはそんな母犬の後ろ姿を見ながら黙々と走り続けた。  二匹の白い獣はどれだけ走った事だろう、辺りが薄っすらと明るくなってきていた。閑静な街に辿り着き小さな物置小屋を見付け、そこで休息をとろうと思った母犬は、耳を立て周囲を警戒しながら、ゆっくりと匂いを嗅ぎつつ物置小屋の安全を確認し、入口の隙間から中へと入って行った。リルトはひどく疲れたのか、母犬に従って物置小屋に入ると同時に一気に脚を折り曲げ座り込んでしまった。それを見つめていた母犬は、 「食べ物を探してくるからね」 と小声で力強く伝え、少しの間をおいてから物置小屋を出て行った。リルトはそんな母犬をぼんやりと見つめながら、中にあった箱へと寄りかかっていた。 「どこ?……」 リルトは生まれて間もなく、ただただ母犬に着いて来た。生まれた所はどんな所だったのだろう?この物置小屋は何なのだろう?そんな事が、ぼんやりとした頭に浮かび無意識に呟いていた。母犬は食べ物を探し、匂いを頼りに近くのゴミ捨て場へと来ていた。ゴミ捨て場で細かな匂いを嗅ぎ分けている時に、リルトのいる物置小屋へと何かが近付く足音を感じ取り、急いで物置小屋へと向かった。リルトはウトウトとしてきていたが母犬の唸る声で目が覚めた。 リルトはゆっくりと静かに立ち上がり、恐る恐る物置小屋の出口付近から外を覗いた。母犬の尻尾が見え、後ろ姿が見え、そして母犬の前に大きな何かが一匹居た。初めて見る人、初めて見る人というもの。何とも言えない戸惑い、何とも言えない好奇。母犬はただただ唸り、その人を威嚇し続けている。その人は困惑した内情で物置小屋の前から去っていった。母犬はその人が去ってからも警戒を解かず、少ししてからリルトの方へと歩み寄り、 「リルト。もう大丈夫だからね」 と少し荒い声でリルトに語り掛けた。リルトは母犬からそう言われて、何が大丈夫なのだろう?と不思議に思った。リルトは直感でさっきの人は善い生き物だと感じていた。母犬が何故さっきの人を威嚇していたのかが不可解だった。そして初めて出会った人という生き物への好奇心。そんな複雑な心境のリルトであった。  そうこうしている内に何かが静かに近付いてくる足音が聴こえ、さっきの人が戻ってきた。その足音が聞こえると同時に、母犬は再度警戒心を強め低い声で唸り出した。その人はさっきと違って手に何かを持っていた。リルトはその何かから好い匂いを感じ取ると同時に食べ物だと感じた。思わず駆け寄り、その食べ物を食べたいと思ったが、母犬が無言でリルトの事を制していた。そんな母犬とリルトを見て、その人は手に持った物を地面に置き、そっと後ろへ、一歩、一歩、と八歩程下がった所で近くの石の上へと腰を下ろした。母犬は相変わらず警戒心を維持したままであったが、その後ろでリルトは「食べたい」という欲求に駆られ我慢が出来なくなり、跳ねる様に走り出し食べ物の所へ勢いよく飛び出してきた。そして母犬の事も、その人の事も忘れ無我夢中で食べ物を頬張り始めた。そんなリルトを唖然と見つめている母犬、ただただにこやかな表情で見つめている人。幾らかを食べ余裕が出来たのかリルトは母犬の方を向いて、 「ママは?」 と無邪気に言った。それを聞いて我に返った母犬は、リルトを制止出来なかった事、人に対する嫌悪感、その人が差し出した食べ物、それを食べてしまったリルト、と複雑な心境であったが、無邪気なリルトに触発されてか警戒心を少し弱め、 「ママは大丈夫だから、食べなさい」 と優しくも淡々と答えた。その返答を聞いてか聞かずしてかリルトは黙々と食べ続けていた。  食べ終わったリルトは「食べたい」という欲求が満足したのか、今度はその食べ物をくれた人に抱いていた好奇心から、その人へと近付き匂いを嗅ぎ出した。この生き物はどんな匂いがするのだろう?そして、その人の手の先を本能的に舐め出した。舐められたその人は軽く口を開けて笑みを浮かべ、けれどもリルトの事をどことなく寂しげに見つめていた。そんなリルトとその人を見ていた母犬は「この人は大丈夫そうだ」と感じ始めていたのと、それ以上に疲弊した心身の奥底で、何かに頼りたく思っていたところがあり、その人自身も独り身であった為、共に過ごし始める事となった。

【 虹獣 】 1章:リルト 2話:好奇(コウキ)

 共に過ごす事となったその人は、朝は薄っすらと明るくなってきた頃から起き、外に出て流しで顔を洗い、タオルを当てる様にして水を拭き取り、そのタオルを首にかけ、その日その日の風の囁き、香り、温もりを味わいながらゆっくりと体操をしていた。そして、上半身の衣服を脱ぎ首にかけたタオルを手に取り、そのタオルで身体を摩擦していた。  その様子を横で観ていたリルトは「何してるんだろ?」と不思議に思うと同時に「それって楽しいの?」とも思い一緒になってやってみる事にした。色々な風が遠くの地で見て来た事をお喋りしながら通り過ぎて行く。遠くの地で身体に染み付けてきた香りを辺りに振り撒きながら通り過ぎて行く。遠くの地で色々なものに触れてきた温もりを分け与えながら通り過ぎて行く。リルトはまるでそこに何かがいるかの様に、一匹で行ったり来たり飛び跳ねてみたりと遊んでいた。そして流しに行き水を被ろうとしたが、水が流れ出ていなかったので蛇口の先を覗いてみたり、舐めてみたり、それでも水が流れ出てこなかったのでその場でうろうろとし始めた。それに気付いたその人がにこやかな笑みを浮かべながら蛇口をひねった。ちょうどその時にリルトは再び蛇口の先を覗こうとした為、顔に水がぶつかってしまった。リルトは何が起こったのか分からず咄嗟に少し後ろに飛び退き頭を左右に回す様に振った。そして改めて蛇口から流れ出す水に、恐る恐る鼻の先をゆっくりと近づけ匂いを嗅ぎ出した。鼻先に水が軽く当たり抵抗を感じたリルトは、水が流れ落ちる下へと顔を近づけ、流しの中を流れる水を飲み出した。  身体の摩擦を終えたその人は蛇口をひねって水を止め、庭一面に育てている花の様子を眺めに行った。ひとつひとつの花々を、ゆっくりと、じっくりと眺めながら何かを小さく語りかけていた。そして水を飲んでいたリルトは水が止まってしまったので、その人に着いて行き何かの香りを感じ取り「何の匂いだろ?」と思いながら、この先に何があるのかと心をわくわくさせながら歩んでいた。そこには色々な花が様々な表情を浮かべていた。リルトは花々を視覚で捉えると同時に身体の中心から熱が湧き上がり、その熱が身体の全体へと広がっていき、その熱の振動で身体が震える感覚に襲われた。そしてその熱が身体の全体へと溜まり堰を切って溢れ出し、花々へと一点に注がれていった。リルトは花々へと近付き鼻を近づけ匂いをくまなく嗅ぎ出した。花々の香りが入り混じり、リルトの嗅覚を刺激してリルトの熱へと降り注ぎ、熱と交わり合ってリルトの体内へと深く入り込み新たな熱を生み出す。その熱が更なる振動を感じさせ更なる高揚を掻き立てリルトを誘引する……。  その人は家の周囲に置いてある容器に溜まった雨水を、空き缶と木の棒で作った手製の柄杓を使って花々の根本へと水をゆっくりと注いでいた。乾いた土に水が深く染み込んでいく。花々は潤いを得た喜びを、香りを発してその人に送り届けていた。その香りを嗅いでか嗅がずしてか、その人はただただ黙って微笑みを浮かべていた。そんな様子を見つめていたリルトは「それって楽しいの?」と、その人の真似をして水を前足ですくおうとしたが、すくう事が出来ず、横にあった手製の池に泳ぐ金魚に目移りし、その金魚を前足で追い掛け遊んでいた。夢中になってきたリルトは、勢い余って池の中に突っ込んでしまい、水の中へと潜ってしまった。リルトは一瞬、水の中から見る空や太陽の光景を眺めていたが、慌てて飛び出し身体の全体を勢いよく回転させ、身体についた水を振り払った。その振り払った水が花々や土へと降り注がれ染み渡り、香りを発し始めた花々を嗅覚で味わい、リルトは脳を心地よく酔わせていた……。  ふと、リルトは自分が空腹である事に気付いた。それと同時に一緒にいたはずの人がいつのまにかいなくなっている事に気付き「僕に何か喋りかけてたかも?」とリルトは思った。そして空腹である事は確かな事なので、その人の家の中へと小走りに戻って行った。家の中では丁度ご飯の支度が終わったところであり、リルトはその人の足へとしがみつき今にもよじ登らんばかりの催促をした。その人はリルトの行動に楽しさや嬉しさを感じ思わず笑みがこぼれ「懐かしいな」と一瞬、過去の想い出と重ね合わせていた。そんな内情にはお構いなしに「はやく!はやく!」とせがむリルト。そんなやり取りを一歩退きつつ、不安気に見つめる母犬の姿があった……。  ご飯を食べ終え一遊びし終わった頃、外は日差しが強くなり暑くなってきていた。その人は数日前に篩で石と分別した土を平らに延ばし、照り続ける日光へと当てていた。そして、昼食や室内での用事を済まし再び外へと出ると、どこからか沢山の土や石が入った容器を持って来た。その土や石を小さい容器ですくい、大きな容器の上に構えた篩の中に入れた。その人が篩を左右に振り出すと、粒状の土が下へと落ちていき、やがて篩の中で石達がコロコロと踊り出した。その石達に好奇心を抱き前足を伸ばして掴み取ろうとするリルト。そんなリルトの仕草を、その人は可愛らしく、そして面白く感じ眺めていたが、いつまでもそうしている訳にもいかず、石を横に置き新たに土と石を分別し出した。リルトは横に置かれた石を前足で弾き、弾かれた石を追い掛けてはまた弾きと遊んでいた。  日差しが弱まってきた頃、その人は一斗缶を使って落ち葉や枝、紙くずなどを燃やしていた。初めて見る火というものに好奇心を抱き、近付いて匂いを嗅いでみようとしたが、その人に制止されてしまった。制止されつつも火の方を眺めていたリルトは椅子の上に乗せられ、その上から火を眺め続けた。缶の中に入れたものが段々と黒く染まり、それを追うかの様に煌々と赤く染まり、そして下の方から白い物が切り離されていった。リルトは変わりゆく色の不思議さを、ただただ眺め続けていた。最後には全て灰の色へと変わり果て、何とも言えない喪失感の様なものを感じていた。  その人は燃やし終えた灰に蓋をして置いておき、昼前から日光で殺菌していた土と、数日前に燃やし終えた灰を混ぜ合わせていた。そうして出来た土を容器の中に入れ種を植える。新たな花を咲かせる為に……。

【 虹獣 】 1章:リルト 3話:楽園(ラクエン)

 ここでの生活に慣れてきたリルトは庭で遊ぶ楽しい日々を過ごしていた。花々をいつもの様に眺め匂いを嗅いでいると、今まで気付かなかった甘い香りを感じ取った。その甘い香りが発せられる方へとゆっくりと近付き、その花を近くでくまなく嗅ぎ出した。甘い香りに誘われて、その匂いが特に強い部分を思わず舐めてみた。リルトは今までに感じた事の無い、不思議で甘美な味わいを感じ取り夢中で舐め続けた。  リルトは舌先に近付く小さなものに気付き、舐めるのを止め、その小さなものに興味を抱き始めた。その小さなものはリルトが舐めていた花の部分へと近付き、その小さな口で花の甘い蜜を舐め出した。 「君も…この甘いの……好きなの?」 リルトの呟いた声が聴こえているのか、いないのか、その小さなものは黙々と蜜を舐め続けていた。 「君は…どんな味がするの?」 そうリルトは呟きながら、その小さなものを一舐めした。その小さなものは、いきなりの事に慌てふためきつつ、花の上から転げ落ちてしまった。転げ落ちた小さなものは、背から落ち仰向けになって足をばたばたとさせていた。それを眺めていたリルトは「遊んで欲しいのかな?…僕も遊んで欲しい!」と思い前足でその小さなものにじゃれ出した。リルトの出した前足が、その小さなものを起こす手伝いをしてしまい、起き上がる事が出来たその小さなものは、周囲を忙しく歩き回り、土の小さな穴の中へと消えて行ってしまった。その始終を眺めていたリルトは「あれ?…あれ?……まだ遊び始めたばっかりなのに……」と呆然としていた。  花から動く物に好奇心が移ったリルトは、花や土の周りの小さなものを探し始めた。先日、花の蜜の所で出会った小さなものを見付けると同時に、同じ位の小さなものと遊んでいる姿を目にした。二匹は少し窪んだ所で少しの間を空けて一列に並んでいた。先日出会った小さなものが前でバタバタと動いており、リルトは「何の遊びをしてるんだろ?」と思いつつ「僕も仲間にいれて!」と前足をそこの窪みに伸ばそうとしたが、後ろの小さなものが前の小さなものを引っ張り、窪みの中心にあった小さな穴の中へと消えて行ってしまった。「あれ?…あれ?……僕、そんな小さな穴に入れないよ……」リルトは、またしても小さなものと遊ぶ事が出来ず、ただただ呆然としていた。  地面にいる小さなものはリルトが入れない穴へと行ってしまい、一緒に遊んでくれないので花の付近で小さなものを探す事にした。リルト自身が甘い香りに誘われた様に、花は他のものにも好まれる様で、色々なもの達が交互に訪れていた。その中で忙しそうに何度も訪れる小さなものにリルトは興味を抱いた。その小さなものは地面から離れた所を自由に動き回っている。リルトは「僕も、僕も!」といった気持ちで同じ様に動き回ってみたいと、ただただ跳ねては落ち、跳ねては落ちを繰り返していた。何度跳ねても、その小さなものの様に地面から離れた所で自由に動く事が出来ず、何とかして同じ様に動いてみたいと、その小さなものに問い掛けた。 「ねぇねぇ!どうして地面から離れた所で、そんなに自由に動けるの?」 話し掛けられた小さなものは花の蜜を集めながら、 「それが当然な事だからさ」 と淡々と答えた。 「当然?…でも僕は君みたいに出来ないよ?」 とリルトは自分自身が出来ないからこそ疑問に思ったのに、当然な事と答えが返ってきたので、何で当然なのだろう?と思った。 「君と私は違う生き物だ。君にとっては当然ではなくとも、私にとっては当然なのさ」 「さてと、蜜を集め終えたし私はもう行くよ。集めたら帰る。帰って蜜を渡したら、また集めに行く。それを繰り返す。それが当然な事なのさ」 と、その小さなものは淡々と話した。 「それって楽しいの?」 自由気儘な日々を過ごしていたリルトにとって、同じ事を繰り返す日々を淡々と過ごす事が、楽しいのかどうなのか疑問に思った。 「楽しい?…ってなにさ?よく解らないが私は当然な事を当然な様にしているだけさ」 そう淡々と言いながらその小さなものは飛び去って行った。リルトは、その小さなものの話しに納得が行かず、その小さなものに着いて行ってみる事にした。  その小さなものは、すぐ近くにあった物置小屋の隙間へと入り去った。リルトと母犬が、ここに身を寄せるきっかけとなった物置小屋である。その物置小屋は不揃いな木で骨組みがされており、使い古した雨戸やトタンが屋根や壁になっており、所々に出来た隙間は、その小さなものにとって程良い住み心地となっていた。  リルトは、その小さなものが入り去った隙間を覗いてみようと思い近寄ると、その隙間から大勢の小さいものが飛び出してきた。 「…小型の獣か…」 「これは確か、私達の敵ではないですよね?」 「んー…、いや、敵ではないが、敵になりうる危険性もある。警戒は怠るな」 と、隊長格の二匹の会話に続き一匹の新米らしきものが、 「これが噂の奴でありますか⁉」 と、少々気負い気味に言い放った。 「…いや、これは奴ではない。獣というものだ。奴はこの様に大きくはない。私達より少し大きいくらいだ」 と、その小さなもの達の会話や警戒を伴う佇まいの中、リルトはそんな事にはお構いなく、ただただ好奇の心で、その小さなもの達を眺めていた。 「ん…、襲ってくる気配は無い様だ。巣へ戻るぞ」 その隊長格の言葉と同時に小さいもの達は、一斉に巣への隙間へと飛び去って行った。一匹残されたリルトは、大勢いるのだから誰か一匹くらいは遊んでくれると期待していたので、面を食らい立ち尽くしていた。  そこへ一匹の小さなものが、 「おー…おー……これが獣というものか…」 と喋りながらリルトへ近付いてきた。 「君は…他の皆と一緒に戻らなかったの?」 と、その小さなものへリルトは不思議そうに問い掛けた。 「あー…あの皆はな、雌なんだ。おらはな、雄なんだ」 「子育てもな、食糧集めもな、警備もな、みーんな雌がやる。…雄はな、何もせん」 「偶に何かを手伝うものもおるが、雌ばかりで居心地が悪い。巣に居ても邪魔物扱いされるからな……」 「おー、一つあった。雄はな、交尾というものをするんだ」 暇をしていた、その小さなものが続けて喋る中、 「交尾?…」 と、リルトが口を挿んだ。 「うん。交尾だ。大事な使命だ。……おらもな、それ以外は解らん」 「…おめえは交尾の事を、何か知らんか?」 「んー……交尾…交尾か……」 そう小さなものは一匹で言い続けながら、どことなく虚ろな様子で空をふらふらと飛び去っていった。 「…へんなの……?」 リルトは、規則正しく淡々と忙しく行動するものの中で、怠惰なその雄におかしさを抱き、思わずそう呟いた。

【 虹獣 】 1章:リルト 4話:重縛(ジュウバク)

 自由奔放に遊ぶ日々のリルトであったが、そんな状況を黙って見つめていた母犬は、過去の苦難によりリルトの自由奔放さを咎め出し、日に日に強く咎める様になっていた。リルトは何が悪いのか解らぬまま、ただただ黙って頷いていた。「どうしてこんなに楽しいのに怒られるの?」と、リルトは何故怒られたのかが解らぬまま、ただただ「怒られた事」だけが脳の底に溜まっていった。  リルトが庭で遊んだ後に家の中へ入ろうとすると、そこへ母犬がやってきて、 「リルト!玄関で毛繕いをしてから中に入りなさい!」 と、やかましく言ってくる。リルトが家の中に戻ってくる時は、お腹が空いた時か眠くなった時が多く「後で毛繕いしてるのに……今じゃなくても……いいのに……」と思いつつも口には出せず、ただただ畏縮していた。  母犬は外へ殆ど出ないという理由もあるが、それ以上に綺麗好きであり、こまめに毛繕いをしており、白い毛が滑らかに整っていた。リルトも滑らかな毛並みをしていたが、身体の所々に付いた土や葉の破片は白い毛のせいかより目立ち易く、目立つからこそ余計に神経質な母犬の目に留まり、事ある毎に咎められる事となっていた。  リルトがご飯を食べる時も、母犬は隣で監視するかの様に、 「周りにボロボロと落とさない!」 「好き嫌いせずに残さず食べなさい!」 と、くどくどと言ってくる。食べるのが楽しみの一つであるリルトは、食べるのに夢中で周りにこぼした物などお構いなしに食べ続ける。そのこぼした物を後から共に過ごす人が片付ける。 それを見ている母犬は「人に迷惑をかけてはいけない」という思いからリルトを叱る。叱られたリルトは叱られるのが嫌で段々と急いで食べるようになり、その結果余計に周りにボロボロとこぼす事となっていた。  また、リルトは出された物を嗅いでみて「これ…好い匂いがしない。食べ物じゃない」と思った種類の物を除けながら食べ、そしてそれだけを綺麗に残す。それを見た母犬は「戴いた食べ物を残してはいけない」という思いからリルトを叱りつつも、結局は残してしまうので仕方なく母犬が残飯を全て食べ、時にはリルトが周りにこぼした物も舌で拾い上げ綺麗に食べていた。  リルトが家の中で遊ぶ時も、部屋の隅から母犬が、 「そんなに悪戯しない!」 「人の邪魔をして迷惑をかけない!」 と矢のように叱責が飛んで来る。色々な物は好奇心を掻き立て、まだ幼いリルトの心を巧みに誘引してくる。リルトはその誘引に素直に乗り「これ、なに?」「それ…なに?」「あれは…なに?…」と色々な物に興味を示し匂いを嗅ぎ、時には舐めてみて更には足を出して物を散らかし、一匹遊びに飽きると人の所へ行って「遊んで!遊んで!」と、その人の事はお構い無しにじゃれに行く。その人は自分の事をやりつつも老練にリルトの相手をする。その人自身は毎日のやるべき事をやるのが当然であり、じゃれてくるリルトの相手をする事やリルトが悪戯して散らかした物を片付けるのも楽しみの一つであり、構ってあげたいという気持ちもある。それを負担に思わず同時進行出来るのは老練さ故のものであるが、母犬の視点からは邪魔をして迷惑をかけているように見え、リルトを何とかして自分の考えに従わせようとリルトを強迫する……。  上から降り掛かる重い圧力は、心身に絡み付き縛り付ける鎖の束となって、リルトの自由奔放さを抑圧していく……。今迄の様に行動しようと思うと同時に、それを上から覆い尽くす重い気が脳漿から溢れ出し、一瞬にして身体の全体へと染み渡り、リルトの行動を抑圧する枷となる……。  母犬から発せられた、愛故の重さは……。  リルトへと辿り着き、重さ故の苦痛となる……。

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