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自分を知る方法…自分を変えるために、、

あらゆる人は、「幸福に生きられる」ように出来ています。 宇宙がそういう風に構成されているからです。(後でくわしく説明します) ところが、残念なことですが、 多くの人は「幸福の扉を開ける鍵」に気づかずに一生を終えるのです。 その一つ目の鍵が私という存在です。 「私」とは何なのか? 普段、このような哲学的なことを考えることなんてないかもしれません。 しかし、幸福な人生を送ろうとすれば、「私」という自分について明確にしないといけません。 自分のことを知らないと、自分がどこに立っていて(出発点)、どこに行きたいのか(目的・目標)が分からないことになります。 旅行に行くときに、出発点とゴールが分からない人なんかいませんよね。 旅行に行く時に予算を決めないで行く人はいません。それに、どこに行くかを決めないで、とりあえず飛行機に乗っても、ゴールに着くことはできません。 ところが、人生という一番重要な旅をする時に、自分が何者なのか、どこに行こうとしているのかを知らない人があまりにも多いのです。 このように言うと、「私は自分を知っているし、人生の目標もある。」と答えられるかもしれません。 もし、この答が合っているのなら、釈迦が言った「人生は生老病死の苦である」という言葉は嘘になるはずです。 釈迦の弟子も、今のあなたと同じように「私は人生に楽しみがあり、今の生活に満足している。」と答えたのです。 それでも、釈迦は「あなたは幻を真実だと思い込んでいる。早く目を覚ますんだ!」と弟子を必死に諭したのです。 そこまでしても、弟子は「たとえ聖者(ブッダ)でも、あなたの方が幻を見ている。」と言葉を返したのです。 すると、釈迦はこう言いました。「それでは、小さな出来事に触れただけで、(悪い感情が起きて)大きく反応するのは、あなたの目標とするところですか?」 この質問に、賢い弟子は自分自身(心)と会話して、ついに納得したのです。 自分自身とは、自己(セルフ)と言います。 人間は、体と心から成り立っています。 自分(自己)を認識する時には、実際に存在する身体を見る、触れる、痛さを感じて、「これが自分」だと分かります。 しかし、心は触れることも見ることも出来ない「実体がない」ものです。 仏教では、心(受・相・行・識)は常に移り変わる「実体がない空」だと教えています。 ※『受・想・行・識』とは  ・受…外の情報を五感(見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる)で感じる。  ・想…感じたことから想像する。  ・行…想像したものに「快楽か不快か?」と意味付けをする。  ・識…意味づけをした情報を振り分けて記憶する。 脳で起きることは夢の世界です。だから、先ほどの弟子のように、自分との会話が出来るのです。 不思議ですよね、私がもう一人の私と会話をするのですから。 でも、もう一人の自分の言葉を聞いた後に、心が動揺し、不安や恐怖に襲われたことはありませんか? もう一人の自分が自分を悩ませるのです。ところが、神社やお寺に参った時に、心が清くなり、「自分を励ます」言葉を聞いたことはありませんか? 悩ます自分と励ます自分。果たして、どちらが本当の自分なのでしょうか?

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