有料記事

untitled〜巡り逢いの果てに〜完

1〜9人が購入

スソンはサジャの胸で諦めていた温もりが再び戻った奇跡を実感した。 それと同時に、湧き上がる不安を打ち消そうとしていた。 サジャに、告げなければならない事に躊躇する。 『最近…何かあったか?』 『え?』 『何か…様子が違うから…何かあったか?』 サジャはスソンのほんの些細な変化にも違和感を感じた。 過去のサジャの過失でスソンの信頼が薄まり、ようやく回復の兆しを見せていたにも関わらずここ数日は何故か又後退したのだ。 スソンがどこか心を閉ざした様に感じる。 『え、ううん。大丈夫…』 スソンは笑った。 サジャはその笑顔に一抹の不安を覚えた。 スソンこそ、孤独で過ごした経験上胸の内をそう簡単には見せない性質で喜怒哀楽を表に出す事が難しい。 付き合い始めた頃は警戒心で刺々しかったスソンもサジャとの関わりで次第に心を開き、徐々に硬い蕾が花開くが如く心から信頼した笑顔をサジャにのみ見せるようになった。 それを、誰かの悪意に流されたが為、スソンの心がまたも刺に覆われた殻に閉じ込めるに至らしめたのは他ならぬサジャ自身である。 後悔してもしきれない事の1つで、もしかするとこの先一生彼女の絶対的な信頼した相手に見せる笑顔は取り戻せない気もしていた。 今はあの純粋で美しい笑顔はヘテにしか見せていない。 それ程彼女を深く傷付けたのだ。 『それで、お祖父様のお話はなんだったの?』 『ああ、ソクサンが自供したそうだ。直接手を下さずとも依頼して母を拉致し薬漬けにし持病の治療をさせずに死に至らしめた。拉致を知って母を救出しようとした父をも殺害依頼したと…それから…ソクサンの部屋から見つかった父親の持ち物が…いや、正確には母の持ち物が返ってくるそうだ…一応警察で確認した後引き渡される…』 『………サジャ…』 『はっ…まさかそこまでとはな…』 吐き捨てるサジャは心底ソクサンの卑劣ぶりに反吐が出そうになる。 『…大丈夫?』 スソンはサジャの背中を摩る。 手が触れた部分から体温が返却されたように温もりを感じる。 不思議な事に怒りは沈静された。 『ああ大丈夫だ…』 『その日は私も行くから…一緒に』 心細さなどなかった。ただ、母親の遺した物を目にする勇気がないのは事実で、それは警察に処分して貰ってもよいかとも考えた。 だが、確かめたい気持ちもあった。 そうせねばならない使命感のような気持ちだった。 一連の事件をマスコミはスキャンダラスに書き立てたが婚約が正式に破談になるという副産物もあった。 サジャとスソンが別れた数年前、ソクサンの依頼でスソンの悪女捏造をしたかつての友人達はこの出来事によりサジャに弱みを握られる事となり、その為スポンサー側として圧力をかけマスコミを封じた。 更には幼少期のサジャが被害者として人々の同情を受けた。 サジャの母と同じ【引き裂かれた身分違いの恋人】として運命を辿り、今ではサジャを陰ながら支えるスソンには応援する声もある。 財閥系企業としての打撃は当然あれども今のサジャにとれば大した痛みには感じなかった。 それどころかスソンを取り戻せた事でプラスにすら感じたのだ。 それ程スソンを失った数年間が地獄の苦しみであったのだと常にサジャを傍で見ていたチョルセは後に自身の存在がCyグループにとって足枷になるのではないかと心配するスソンに語った。 あれからスソンとヘテとスソンの母はサジャの住む本邸ではなく祖父の住む別邸で過ごしていた。セキュリティやマスコミ対策だけでなく、スソンの母の療養、祖父とヘテが互いに離れなかった事も理由となった。とは言え同じ敷地内にある。サジャには同じ家に住んでいるようなもの。朝食も夕食も皆で囲む。 スソンは仕事を続けていた。 元々スソンの母サンサは本来祖父の部下であるため何かと都合が良かったし仕事を続けるスソンにすれば母と祖父と邸で働く人々の存在が安心材料になった。 サンサはソクサンから雇われ監視役としてスソンの元へ【生き別れた母】として派遣された。その裏に祖父の密命があった事は今もソクサンは知り得ぬ事であった。 実の母親ではないが娘と孫を同時に亡くしたサンサと、出産を間近に控えた天涯孤独のスソンは互いの存在に癒され、救われいつしか母娘と同等の絆が生まれていた。 その日は朝から落ち着かないサジャだった。 『今日、休み取れたから…』 『……ああ』 サジャは一言の返事しかできなかった。心労が良くない祖父と母にはヘテと留守番を頼み2人で警察署へ出向く。 奥へ通され、少しすると私服警察官がやってくる。 『イ・サジャさんですね?』 『はい…』 『失礼ですがそちらは…』 『妻です。と言いたいところですがまだ婚約中です。』 『ファン・スソンです。』 『あ、はい。ファン・スソンさんですね。本来でしたらお断りしますが、貴方も事件の関係者ですので…どうぞ』 目の前に置かれた父の鞄。開くと中には父親の物が入っていた。 黒い手帳を手に取る。パラパラとめくるとスケジュールの合間にサジャの母を探し歩いた場所などが細かく書かれていた。 『父さん…』 『驚きました。1人でこれだけしらみつぶしにいろんな街に行かれていたようです。お忙しかったでしょうに…』 事件の担当刑事による言葉もすんなりと耳には入らず、ただ目の前の手帳をめくる。 『……』 サジャは言葉がなかった。鞄の中にあったのはそれだけではない。 『ねえ、これ…』 スソンにはそれが何かすぐに分かった 『なんだ?』 『母子手帳…これ、母子手帳よ母の名前は…チェ・ムルマって書いてあるし、子の名前にはサジャって書いてある…ほら、見て』 古びた手帳は当時の母子手帳だった。 母の名前を目にし胸が捻られたように痛む。 母を忘れた日はただの一瞬たりともないが長い年月で心を操縦する事を体得した。 感情を心の奥に沈め無感情であろうとし、遂に征服するように無に徹する事が可能となった。 だが、今耐え難い衝撃的な事実に、感情の箱の鍵が壊れ、中にあったものが噴き出した。 サジャにはもう無に徹するなどできるはずもなかった。 『ねえ、一緒にあるこのノート…』 母子手帳とノートが数冊。開いて頁をめくる手が止まった 『……日記だ』 母の日記には殆どがサジャの事で埋め尽くされていた。 言葉が出た日、初めて立った日、歩いた日。 母の手伝いをした日、近所で悪戯し謝罪に行った日。 取り立てて事件も何もない日のサジャの寝顔の感想。 そして最後にあった頁には病が悪化して、もうサジャを育てられないかもしれないと父親に連絡を入れたと。 そしてその妻ソクサンが親切にも療養所を手配してくれたとしたためてあった。 【短かった私の人生に出会えたあの人。あの人から貰った宝物サジャ。これから先、どうか彼らが幸せにくらせますように神に祈ります】 そう締め括られていた。 『……母さん…母さんっっ』 サジャは一目も憚らず泣いた。 『……』 サジャは母の邪魔になって排除されたわけではなかった。 愛されている実感はあるのに何故父親の元へ行かされるのかと憤りもした。 なお引き下がらないサジャに母が口にした言葉は『貴方がいると生活がままならない、1人なら暮して行けるのに』そんな拒絶の言葉で突き放された。 あれは拒絶ではなく深い愛だったのだ。 心配そうに見つめるスソンに付き添われ、確認を終え荷物を引き渡され帰宅した。

レビュー

(3)

まだレビューがありません

その他(動画・音楽・文章)

Amebaでスキルを売り買い

App StoreでREQUをダウンロード
Google Play StoreでREQUをダウンロード