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法隆寺の謎(1)

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≪目次≫ ~それはチャクラの色から始まった~ ~法隆寺の概要~ ~釈迦三尊像は誰が何のために造ったのか?~ ~聖徳太子の生前、何を祀っていたのか?~ ~釈迦三尊像と薬師如来像に刻まれた‟光背の銘文”~ ~今の伽藍は誰が何のために造ったのか?~ ~私たちが見ている伽藍は創建当初のものなのか?~ ~三つのなぜ?~ ~年輪年代法で金堂天井裏の木材を調査~ ~焼失前から現在の金堂を建てる計画があった?~ ~金堂内陣の天井調査・紫色の天蓋~ ~大寺院の本堂としては不可思議な点がある~ ~金堂は創建法隆寺が焼失する前に太子の廟堂として建てられた?~ ~仏様の後ろには‟三つの厨子が並んでいた~ ~693年、廟堂から金堂への大転換~

~それはチャクラの色から始まった~

5月10日夜、BS-フジで『令和の法隆寺~千四百年の伝承と聖徳太子の残響~』という番組が放送されました。初回放送は1月4日でしたが、再放送の要望が多く寄せられたために、2月初めに続き2回目の再放送だったそうです。NHKの特集を凌ぐ大変価値ある内容でした。スタッフさんに感謝です。 放送当夜、フォロワーさんから「紫色が気になる」というコメントをいただきました。ちょうど番組内で持統天皇が金堂の東の間に『紫色の天蓋を掛けるように指示した』という内容を見ましたので、上記のように返信したわけです。 その後、フォロワーさん(@xoxo_moon4)から・・・ 「持統天皇ですか、私は、チャクラが気になって調べました。すると、第7チャクラ(クラウンチャクラ)が出てきました。冠位十二位などいろんな天皇が紫に関連してますね。今流行のコロナさんは、クラウン冠を意味して名付けられたそうです~」 今回は番組内で解説された注目すべき点についてお伝えしますが、次回からは、「もしかして?」と私が気づいた点に始まり、ある歴史上の人物とその寺院にリンクしていきます。 守護霊さんからは、「彼女(@xoxo_moon4)にその寺院(関西)に行くように伝えなさい~」と言われており、次回で説明させていただきますが、彼女に限らず、関心をお持ちになった方はお参りに行ってみてはいかがでしょうか?ただし、5月中はコロナ関係で拝観停止ですので6月からですね。(^^)/

~法隆寺の概要~

◆法隆寺(Wikipedia)より https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E9%9A%86%E5%AF%BA 法隆寺は7世紀に創建され、古代寺院の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子ゆかりの寺院である。創建は金堂薬師如来像光背銘、『上宮聖徳法王帝説』から推古天皇15年(607年)とされる。 金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。境内の広さは約18万7千平方メートルで、西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群である。 ◆聖徳太子 574年2月7日(敏達3年1月1日)~622年4月8日(推古30年2月22日) または厩戸皇子、厩戸王は、飛鳥時代の皇族・政治家。用明天皇の第2皇子、母は欽明天皇の皇女・穴穂部間人皇女。

~釈迦三尊像は誰が何のために造ったのか?~

金堂の内部は、中の間、東の間、西の間に分かれ(仕切りはない)、それぞれ釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来を本尊として安置する。 ◆釈迦三尊像(wiki) 623年(飛鳥時代)、止利仏師作の光背銘を有する像で、日本仏教彫刻史の初頭を飾る名作である。図式的な衣文の処理、杏仁形(アーモンド形)の眼、アルカイック・スマイル(古式の微笑)、太い耳朶(耳たぶ)、首に三道(3つのくびれ)を刻まない点など、後世の日本の仏像と異なった様式を示し、大陸風が顕著である。

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