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あまり背負わずに力まずに。

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力む、人はどこかで何かしらの「影響」を受けていたりしてて、 自分が思う以上に「力み」が起こっています。 力む事が悪い事という事では全くなくて、 「力み」が起こっている事で、 「実は自分が在りたかった自分になれていない・実はこう選びたかったのに選べなかった等」と、 本当に自分が在りたい・選びたい状態からズレてしまうのは、 もったいないのでは?という事です。 力む、という事は心や身体に緊張状態が起こっています。 ただ、あまりにも心や身体ばかりを注力してリラックスしようとしても、 結局は「思考(脳の働き)」が活発化している事で、 そこから繋がっている心や身体へをも影響してしまっています。 心や身体を緩めようリラックスしようとする時に、 あなたはどうやってしているでしょうか? 「緩める」というのは「解く」という意味合いでもあります。 ただ力を抜けば良いというよりは何かの感情や思い、 出来事から受けた衝撃やその時に自分が何か言いたかった伝えたかった等の「発生していたもの」に気付いてってあげる事で、 「ただリラックスするではなくて、解く」になります。 例えば、誰かに対して怒りや理不尽さへの不満があったとします。 もうその時点で、 「自分が在りたい状態ではない」というのがほとんどだと思います。 怒りや悶々とした気持ちでいたいです、 なんて人はなかなかいないと思いますから。 ではその「怒りや不満からの悶々とした気持ち」をどう「解く」のか? これは人によっては、 その「怒りや悶々とした気持ち」をただその相手にぶつける、 という人もいれば、 ぶつけられず自分の中で溜め込んで、 それがまた苦しくなってしまっているという人もいると思います。 前者に関しては、 その「怒りや悶々とした気持ち」が、 自分への誤魔化しでない場合に関しては正解です、 「出す→放つ→緩む・解く」になっている状態。 ただこれは多くの人がよくやっているのですが、 そもそものその「怒りや悶々とした気持ち」が、 いつも話していますが、事実と異なる勝手な自分解釈をしている状態からの「被害者意識」等を作り出していて、 それを「相手という他者」に擦り付けている状態である場合には、 その相手を通してちゃんと自分の内側を観ていかなければなりません。 その「怒りや悶々とした気持ち」は例えその時、 好きな事をやったり人との愚痴大会をして「スッキリした風」だったとしても、 根本的な「緩む・解く」には成っていないので、 また同じ様な「怒りや悶々とした気持ち」が発生していきます。 何故なのか? それは以前にも話している、 そもそもそれらを発生させている「意識のアンテナ」が根本的に解消されていないからです。 (「意識のアンテナ」に関しては下記記事に)

ただ後者のように「本当は自分が原因ではないのに、、ふざんけんな!ってホントは思っているのに、、」と、 溜め込んでいてドンドン蓄積し、 【結果】として心身に「サイン(症状など)」として表れて苦しくなってしまったり、 自分を徹底的に責めてしまう、、。 そういう人の場合には、

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