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小さな小さな物語①(『淡水魚チノ』)

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淡水魚チノ

あるところに、チノと呼ばれるお魚がいました。 チノは淡水魚でした。 チノは穏やかな川の流れに身をゆだね、お友達と楽しく遊び、 またあるいは住みかの裏手の急流で、じぶんの身体を使って、どこまで上れるかなど、たくさんチャレンジをしていました。 陽射しの強い日も激しい雨の日も、チノは元気です。 チノは川底で気になるものを見つけては、お父さんとお母さんのもとへ持ち帰りました。 お父さんは「面白い石ころだな」 お母さんは「きれいな色ね」 と、チノと一緒に楽しみました。 チノもなんだか褒められたような気がして、もっといろいろなものを持ち帰ったものでした。 あるときには、チノはお友達と遠くまで泳ぎました。 見たことのない草木や花、土、ほかの生きものたち、音色、匂い、 いつもの川とつながっている場所なのに、水の味もちがうみたい、 チノたちはワクワクしてえらをふくらませました。 しばらく行くと、大きないかつい顔の魚が岩に張りついていました。その身体はごつごつとして、硬そうです。 「お前たちは、どこからきたんだ」 その声はチノたちの身体をぐらぐらと揺らすほど、水中をとどろきました。 チノのお友達は「こわい」と言って、チノの後ろに隠れます。 「上のほうから」 勇気を出して、チノは答えました。 「どうしてこんなとこまで、きたんだ」 いかつい魚は尻尾をふるわせ、たずねます。 「遠くまできたくなったから」 チノはお友達の顔をみて、返事がまちがっていないか確認します。 お友達はうんうん、とひれを動かしました。 「この辺りはおれの場所だから、くるな」 「どういうこと」 これにはチノもちょっとむっとしました。 「川はつながっているんだから、だれのでもないでしょう」 「うるせえ」 いかつい魚はあんぐりと巨大な口を開けました。  「おれはここにいるんだ」

「ねえ、もうやめようよ」 お友達はうろこひとつひとつまで震え上がって、チノにささやきます。 チノももちろん怖いです。こんなとき、お父さんかお母さんがいてくれたらどんなに頼りになるでしょう。 「もっと下までいかなくていいの」 チノは小さな声でお友達にたずねました。 「せっかくここまできたのに、それにまだ時間もある」 「それはそうだけど」 確かにまだ夕方前です。でも、ここまでもじゅうぶんはるばる泳いできました。 夜になると川の流れは速くなると言われていて、チノもそれはよく知っています。 いかつい魚はとっくに口を閉じて、ついでに目も閉じて、変わらず岩に張りついています。 「やっぱり、もどろうか」 しゅんとして、チノは言いました。 一目散に上流へ向けて泳ぐお友達の後ろを、チノはうなだれて追いかけたのでした。 帰りは川をさかのぼる道のりでしたし、チノのひれも元気をなくしていて、行きよりもかなり時間がかかりました。 空には星が瞬いて、川面にもその光がキラキラと浮かんでいます。  だんだんと川の流れも速くなってきて、チノとお友達はちょっと泳ぎ疲れてきました。 「少し休まない」 とお友達はチノをふり返ります。 チノもうなずき、あたりを見わたします。泳いでいるだけでも体力を使いますから、どこか流れをさけられる場所はないでしょうか。 よく見ると右手のほうに、ちょうどチノとお友達がすっぽり隠れられるほどの穴が開いていました。 穴の入り口には水流が入りこむので、流されてきた小石や細かなごみがたまっています。それがさらに穴の奥を川の流れから遠ざけてくれています。 「ああ疲れた」 お友達は穴の奥が薄暗いことも忘れて、さっさと中へ入っていきました。 「わあ」 声をきいたチノが急いで追いかけると、お友達はびっくりして身体をのけぞらせていました。 暗さに目がなれてきてみると、奥は思ったより広くなっていて、そこには色とりどりの水草が密生していたのでした。 青いもの、赤いもの、白いもの、オレンジ色、輝くような緑色、虹色、他にも無数の色がゆれています。 「すごい」 チノとお友達は、美しい水草の中をしばらく泳ぎました。もう外は暗いはずなのに、不思議とそこは明るいのです。 時間を忘れて泳ぐうちに、チノとお友達は、いつのまにかもうひとり誰かが一緒に泳いでいることに気づきました。 そのお魚はチノたちよりもひと回り身体が小さく、くりくりした瞳が印象的です。 「何してるの」 お友達はおそるおそるその小さなお魚に近づきました。 「きみこそこんなところで何をしてるの」 小さなお魚は返事をせず、くるりと一回転して、水草のかげにかくれました。 チノが追いかけて水草のうしろを見てみると、もうそこには小さなお魚はいません。「こっちだよ」 上のほうから声がきこえました。 「どこ」 ふたりは小さなお魚の姿を探してきょろきょろします。 「こっちこっち」 今度は左から、次は右から「こっちこっち」 だんだん小さなお魚の動きも速くなっているのか、ぜんぶの水草、穴の壁ぜんたいから声がきこえてくるような気もします。 「こっちこっち」 チノとお友達が声のありかを目で追いかけていると、あたりの景色がたくさんの色に変化して、溶け合って、自分たちを包んでいるように思えてきました。 「きれい」 ふたりは少しのあいだその光景に見とれます。でも、目を動かすのを止めると、景色はもとの色合いに戻ってしまうのです。 「こっちこっち、こっちこっち」

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