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昭和 特級 古酒オールドボトル アイリッシュ・カナディアン 51銘柄一覧

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現在ヤフオクでも「なんだ、これ。見たことない。」っていうものが結構あると思います。 ググってもほぼ情報がない。。 そんなオールドボトルたちに光をあてるべく、この記事を立ち上げました。 わたしの経営するバーで入荷したことのあるものは写真付きで紹介してます。 MASTER PIECE (¥8,000 '78)  10年から23年物をブレンド。最高傑作

上記のように名称と当時の簡単な情報、価格を書き並べました。 昭和の終わりであり、特級の終わりでもある1989年までに輸入されたアイリッシュウイスキーとカナディアンウイスキーの総まとめ。 ()内には'89までの最高価格を記載。 絶対ではないですけど、実際当時高級だったものは味も高級です。 また、普及品として出回っていたものにも名品が多数。 オールドボトルラヴァーに捧げる攻略本。 ぜひご活用下さいませ。 【特級】 1953~1989年4月に流通していたすべての蒸留酒に表示させていたもの。 原酒混合率30%以上のものが特級表示であったが、海外産の蒸留酒は法律により、原酒混合率100%が義務であった為、すべてが特級表示だった。 酒税法改正前、日本におけるウイスキー販売には2つの課税が課せられていた。 「従量税」:原酒の量によって税金を定める。 「従価税」:価格によって税金を定める。 言ってしまえば2重課税であり、当時のウイスキー価格が高かった原因の一つだった。 従価税の事例は1980年代中ごろだと150%と220%。諸外国から日本市場開放のための圧力を受けながら度々調整され、1989年の酒税法改正で大きく変わる。 1989年と言えば「平成元年」。なので「特級ウイスキー=昭和」と言っても過言ではない。 【年代】 1926~ ホワイトホース社がスクリューキャップを導入。 1960前半~ 戦争によるコルク不足のために流通していた「ティンキャップ」が姿を消す。 1974~ 洋酒輸入自由化により、酒税証紙(JAPAN TAX)を貼らなくなる。 1978〜 紋章の使用禁止によるスコッチのラベル変更 1980~ ウイスキー特級表記がラベルに直接印字されるようになる。     従価税表記は高級価格帯のみになる。     メートル法の普及により容量が3/4リットル750mlへ徐々に移行。     (それ以前はヤードポンド法の1/6ガロン757mlで、760ml表記)     *ガロンは英米で量が異なった為。 1987~ バーコードが普及 1989~ 特級表示がなくなる。 1991~ ブランデーを基準にし、EUが700mlを決定する。(米は750のまま)     カナディアンは古いものだと710mlが多い。 アイルランド語(現存するGaelicゲール語の一つ)のuisge beathaウシュク・ベーハーがそもそもウイスキーの語源だと言われる。アイルランド人であるAeneas Coffeyイーニアス・コフィーが連続式蒸留器を考案したのだが、伝統を重んじるアイリッシュウイスキーには受け入れられなかった為、彼は1831スコットランドでPatentパテントを取得。このことがその後のアイリッシュウイスキーにおこったすべての始まりだと言える。 【法律「Irish Whiskey Act,1980」】 アイルランド、またはイギリスに含まれる北アイルランドの倉庫で3年間以上熟成したもの。 【アイリッシュウイスキーの分類】 ◎Malt Whiskeyモルトウイスキー:Maltモルト(大麦麦芽)100%。伝統的な3回蒸留を守っているのはブッシュミルズと新ミドルトンであり、クーリーとキルベガンは2回蒸留。 ◎Grain Whiskeyグレーンウイスキー:クーリーと新ミドルトン蒸留所の2か所のみ。Column Stillコラムスチル(連続式蒸留器)。 ◎Blended Whiskeyブレンデッドウイスキー  1970年スコッチに対抗する為誕生。 ◎Single Pot Still Whiskeyシングルポットスチルウイスキー(2011年以前の名称はPure Pot Still Whiskeyピュアポットスチルウイスキー):  本来の意味でのアイリッシュウイスキー。大麦麦芽・大麦・オート麦などを原料としてポットスチルで3回蒸留を行うのが伝統だった。麦芽100%でないため糖化に時間がかかり、それが独特のオイリーさを生み出す要因であると言われる。また、麦芽以外は殻が固いので大きな石臼を用いていたことも特徴。現在シングルポットスチルウイスキーを製造しているのは新ミドルトン蒸留所のみ。原料は大麦麦芽と大麦。

【おもな蒸留所とおもな銘柄】 ◎Midleton旧ミドルトン蒸留所:1835年マーフィー3兄弟により設立。現在は博物館となり、世界最大のポットスチルが展示されている。 ◎Midleton新ミドルトン蒸留所:1975年。仕込み水はダンゴニー川。旧ミドルトンの背後に建設。伝統的な3回蒸留を行っており、ジェムソン、タラモア・デュー、パワーズなどの閉鎖された蒸留所の銘柄も手掛けている。  Jameson、Redbreast、Green Spot、Midleton VeryRare、Tullamore Dew、Powers、Paddy

◎Old Bushmillsオールド・ブッシュミルズ蒸留所:イングランド王ジェームズ一世から1608年に蒸留免許を与えられた土地(Antrimアントリム州)にある蒸留所。アイリッシュウイスキーだがイギリスに含まれる。世界遺産Giant’s Causewayジャイアンツ・コーズウェイの近く。当時ブッシュミルズ蒸留所という名称の蒸留所があった記録は見つかっておらず、「世界最古の蒸留所」ではなく、厳密には「世界最古の蒸留免許が与えられた土地にある蒸留所」。ブッシュミルズとはアントリムにある町の名で「林の中の水車小屋」の意。微かにピートをつけた大麦麦芽で原酒を作り、未発芽の大麦は使わない。3回蒸留。シングルモルトは'87年に発売。 ◎Kilbegganキルベガン蒸留所:ゲール語で「小さな教会」を意味。1757年Brusnaブルスナ蒸留所として操業開始。記録上アイルランド最古の蒸留所。1843Lockesロック蒸留所となり、1957年に閉鎖し、1982年「ロックス蒸留所博物館」として蘇り、2007年創立250周年に蒸留再開。創業時の石臼4基が現存。 ◎Cooleyクーリー蒸留所 独立系の蒸留所を設置する国の意向によって、1987年John Teelingジョン・ティーリングが設立。が、2012買収される。  Kilbeggan、Connemara、Tyrconnell、Greenore 【世界一の生産量を誇ったアイリッシュウイスキーの衰退】 ◎18世紀にはおよそ2,000の小規模な蒸留所が乱立しており、世界のウイスキー市場の6割を占めていた。 18世紀末に「THOMASSTREETトーマス・ストリート蒸溜所」「BOWSTREETボウストリート蒸溜所(創業者John Jameson)」「JOHN'SLANEジョンズレーン蒸溜所」「MARROWBONELANEマローボーンレーン蒸溜所」という大型蒸溜所がダブリンに次々と建てられ、これら4つの蒸留所は「ダブリンビッグ4」と呼ばれる。 17世紀以降アイルランド中でPoteenポティーンといわれる蒸溜酒の自家製造が広く行われるようになっていた。取締りは何回も強化されたが、19 世紀に入っても一向に衰えず、1832年から1875年までの43年間にアイルランドで摘発された密造用蒸溜釜は11万基以上、同じ期間にスコットランドで押収された密造用のスティルが約5,800基だったのでその約19倍に当たる。スコットランドでは1824グレンリベットが政府公認蒸留所第1号となり、みんながそれに続いたこと。アイルランドでは公認への動きが少なかったことも背景にある。 ◎1831スコットランドで連続式蒸留器によるブレンデッドウイスキーが一気に広まり、世界中の需要がライト志向になるも伝統のピュア・ポットスチルを貫く。 ◎1845Potato Famine(Great Famine)ジャガイモ飢饉により100万人が餓死。数百万人が新大陸へ移民。これを機にゲール語(アイルランド語)は壊滅。4,5年も続いた原因は政策にあると言われる。餓死者が出ているにもかかわらず食料がアイルランドから輸出されるという状態が続き、当時の政府は食料の純輸出国という位置をキープした。現在アイルランドは19世紀の人口に比べて20世紀の人口が減少している西欧唯一の国である。 ◎19世紀末に出版されたダブリンビッグ4の広報書物「TRUTHS ABOUT WHISKY」の中で、パテントスチルを使ったスコッチのグレーンウイスキーと一線を画すために、以降アイルランド産は「Whiskey」を用いるとした。その為アイリッシュでは「鍵(Key)のかかる」綴りが主流となった。この鍵はアメリカに渡ったアイルランド系のバーボン蒸留所に今でも引き継がれている。 ◎アイルランド独立戦争(1916~1922):大英帝国の商圏(イギリス・カナダ・インドなど)から締め出され、市場を失う。 ◎アメリカの禁酒法(1920~1933):唯一の市場アメリカを失う。 ◎第2次大戦(1939~1945):中立を守り参加しなかったアイルランド政府は国内需要を満たすため、輸出を禁じた。対してイギリスのスコッチは外貨獲得の為に輸出を奨励した。 ◎1950年代蒸留所の閉鎖、合併が相次ぐ中カクテル「アイリッシュ・コーヒー」の流行で需要は増えるも、コーヒーへの添え物というマイナスのイメージもまた増える。 ◎1974ダブリン最後のジョンズレーン蒸留所が閉鎖。ビッグ4が完全に終わりを告げ、1980年代残った蒸留所はミドルトンとブッシュミルズの2つのみとなる。この2つが今も3回蒸留にこだわるのはなんか分かる。

【カナダ法定義(抜粋)】 カナダで発酵・蒸留し、700ℓ以下の小さな樽で3年以上熟成させたもの。カラメルまたはフレーバリング(スピリッツ・ワインなど)を含むことは可能。 【種類】 ◎Single Malt Whiskyシングルモルトウイスキー:グレンブレトンのみ。一時は北米大陸唯一のシングルモルトだった。

◎Flavouringフレーバリングウイスキー:ライ麦・トウモロコシ・ライ麦芽・大麦麦芽などを原料に1塔式連続蒸留器とDoublerダブラーを使い蒸留したもの。 ◎Baseベースウイスキー:トウモロコシなどを主原料に、連続式蒸留器を使って蒸留したもの。 ◎Canadian Blendedカナディアン・ブレンデッドウイスキー:フレーバリングウイスキーとベースウイスキーをブレンドしたもので、ボトルの中身の9.09%までは「カナダ産以外のもの」を加えてもよい。通常はバーボンウイスキーが加えられるが、フルーツブランデーや酒精強化ワインを加えることもある。 *Canadian Ryeカナディアンライウイスキーはアメリカと違い、最低使用比率が定められていないため、少量でもライ麦を使用すればカナディアンライウイスキーと表記することが可能。(100%ライ麦を名乗るのはアルバータプレミアムのみ。※大麦麦芽が入るので100%ではない。) Today, as for the past two centuries, the terms "rye whisky" and "Canadian whisky" are used interchangeably in Canada and (as defined in Canadian law) refer to exactly the same product, which generally is made with only a small amount of rye grain. 【カナディアンウイスキーの歴史】 17世紀後半ビール醸造所に蒸留装置が併設される。1776年アメリカが独立宣言をした時に、独立を嫌った一部のイギリス系住民がカナダに移住し、ライ麦や小麦などの栽培を始める。18世紀後半穀物が余剰となり製粉所が蒸留を行う。そこで生産されたものは熟成しておらずone day whiskyと呼ばれた。粗悪品。1850年代に連続式蒸留器導入。1861~1865アメリカ南北戦争の混乱に乗じてハイラムウォーカーやJPワイザーが輸出を始める。1890年に2年間の熟成が義務付けられたのだが、これが世界最初のウイスキー熟成定義である。1920アメリカの禁酒法時代アイリッシュウイスキー輸入禁止の中、しっかり密輸Bootlegブーツレッグ。「アメリカのウイスキー庫」として大量のウイスキーを製造。莫大な富を築く。国家財政の3分の1がウイスキーによる収入といわれる。禁酒法撤廃後(バーボン生産再開するも熟成に時間を要した)もアメリカ市場に広く侵透し、カナディアン全盛が続く。世界最大規模を誇ったシーグラム社もカナダ本拠であり、バランタインを買収したハイラムウォーカー社もカナダ本拠である。 【おもな蒸留所】 ◎Hiram Walkerハイラムウォーカー:1856年ハイラムウォーカーにより建設。カナダ最大の年間4,500万Lの生産規模であり、カナディアンクラブが代表。 ◎Valleyfieldヴァレー・フィールド:1945年にシェンレー社が建設。生産能力は年間2,400万L。 ◎Gimliギムリ:1968年シーグラム社によって建設。別名「クラウンローヤル蒸留所」。200万以上の樽が眠る *Al Caponeアル・カポネが「荒れた山道でも割れない頑丈なカナディアンクラブのボトルをつくれ」とハイラムウォーカー社に命令して出来たのが通称「ゲートボトル」と呼ばれる扁平型の瓶。当時トラック1台分のカナディアンクラブでシカゴに新築の住宅16戸が買えた。

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