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ひきこもりサバイバー

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不登校・ひきこもりを乗り越えて

私は8年に渡る不登校・ひきこもりを乗り越えて社会復帰を果たした。

目次 01 自己紹介 02 不登校前夜 03 記憶にない高校生活 04 なぜ学校に行けないの? 05 不登校中 06 抜毛症と母、そして父 07 私のことを切り売りして謝礼をもらっていた母 08 ひきこもりに効きすぎたアメリカの薬 09 ひきこもりに効きすぎた薬 (後日談) 10 ひきこもり脱出のきっかけ 11 妹の不登校と統合失調症 12 私が妹を追い詰めた 13 私の前に道はない 14 最初のチャレンジ 派遣の登録 15 失うものは何もなかった 16 派遣会社が優しい 17 夜中の悲鳴 18 好きで海外ドラマを観ていたわけではない 19 初出勤 20 頑張ったって報われない 21 簡単に治った昼夜逆転 22 意識高い系夜間大学はオススメ 23 元ひきこもりにまともな職はない 24 元ひきこもりの就職活動テクニック 25 夜間大学だけでキャパオーバー 26 パソコン教室に騙される 27 元ひきこもり、仕事が楽しい 28 元ひきこもりが充実する 29 誓って言う。怠け心ではない 30 ひきこもりの後遺症 31 偉いさんに呼び出される 32 未来の夫 33 彼に助けてもらいたい 34 私は最下層の人間かもしれないけれど 35 頑張り屋さん 36 いよいよ正社員へ 37 彼の両親 38 子どもは作るな 39 商店街で結婚式 40 最後に

「ひきこもりサバイバーとして言いたい事」というブログに書いていた私自身の記事をまとめました。 書き進めるうちに思い出したエピソード、アメンバー記事、日本中に公開するにははばかられたエピソードを追加して時系列に並べています。 注意! ブログで書いている娘の不登校、栄養療法についての記載はありません。

01 自己紹介

はじめまして。高田ぶらりと申します。 もうすぐアラフィフに手の届く暦8年の元不登校・ひきこもりです。 当時は両親、妹の4人家族。 高校1年生の夏休み明けから不登校になり、1年次は何とか終了しましたが退学。 家庭での居場所もなくなり、徐々に髪を抜くようになり抜毛症を発症。完全ひきこもりに突入します。 20歳の頃、アメリカの不登校・ひきこもりに効くという薬を服用し、警察沙汰も起こしています。 24歳で一念発起し、就職活動するも当たり前に玉砕。 慌てて大検を取り、夜間大学に通いながらバイト、パソコン教室に通い、 最終的にには市の第三セクター(市が出資し運営するショッピングモール)の正社員になりました。 この頃に夫と出会い、義両親の反対を押し切り結婚しています。 夫の転勤により退職。現在は専業主婦です。 夫と息子2人、娘1人の5人暮らしです。

02 不登校前夜

私たち家族は関東のベッドタウンに住んでいた。旧帝大卒で大手企業に勤めていてエリートの父、短大講師の母。 私とは違い努力家の妹。そして空想家でのんびり屋で朗らかな私。 成績はごく普通。 父はずっと私にこう言い続けた。 「A高校に行かないとまともな大学にはいけない。最低でもB高校。C高校?どんな高校だっけ?」 母は相槌を打った。 「B高校ならいいけどねえ、C高校は校則が厳しいし、おバカさんばっかりだから行ってもつらいでしょう。」 実際の私の実力はC高校の下、D高校が丁度よいぐらいだった。 私の住む県は公立王国で歴然とした高校の序列があり、A高校→B高校→C高校→D高校→E高校→私立高校となっていた。 あまりにも高い目標を当然のように設定され、私は意欲を失った。成績は下がり続け、現実を見ることをやめた。 草野球のピッチャーに大リーグを目指させるようなものだ。 中3になると、いよいよ現実は私を苦しめた。 散々、親がバカにしていたC高校どころかD高校すら危うくなってきた。 子どもとして、親がバカにしていた高校に行けるはずはない。 親は親で、今まで散々バカにしていた高校に娘が行くことは到底受け入れられないことだった。 世間体もあったのだろう。 だから、私たち親子は別の選択肢を選んだ。 偏差値ではなく、こだわりがあるからこそ選んだと後付けの説明をした。 その選択肢とは、キリスト教系の私立高校で、俗にお嬢様学校と呼ばれており、もちろん学費が高いが留学など英語教育に力を入れており、高校の序列には属さない独特な高校だった。その独特の教育方針に感銘を受け、遠方から寮に入る生徒もいた。 仕方がなかった。親のプライドと私のプライドを守るためには、それはベストだった。 そしてそれは、くだらないプライドを守るための逃げだった。

03 記憶にない高校生活

不本意な高校ではあった。何か特別な理由があったわけではない。だが学校に行かなくなった。 強いて言うならならば、親に「あいつはアホ」と思われながら生きていくことは思いのほかしんどい。 エネルギー不足は加速し、 ついにガス欠を起こして高校1年の夏休みに行かなくなった。

04 なぜ学校に行けないの?

私が学校に行けなくなった時、セオリー通りに私の両親は原因探しをした。 学校、担任、部活顧問、友達、友達の親、通学時間、とにかく私が学校に行けないことを自分たち意外の何かに責任転嫁しようとした。 私はずっと一貫して、責任は自分にあると考えていたので、両親のそういった姿勢はうざかった。 両親が原因探しの話題を始める度に、私は私を責めなくてはならなくなる。 だから私は言ってやった! 「あんたらのせいだよ!学校に行けなかったのはね!」 そう怒鳴りながらも、私はわかっていた。 学校に行けないのは私のせいだ。 学校に行けなくてごめんなさい。 全ては私が弱いから。 私が原因です。

05 不登校中

当然昼夜逆転して、毎日ひきこもる私に母は通信制高校のパンフレットを持ってきた。塾のパンフレットも持ってきた。

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