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娘から見た親の離婚。

9歳 一人っ子 の 娘

私がまだ9歳の頃 気づいたら母がいなくなっていました。 当時の記憶を封印しているようで思い出せないのですが、育児ノイローゼ気味だった母は、私を置いて家を出てしまったようです。 元々鍵っ子の私は、ゴミで荒れ果てていく暗い自宅に一人でいることが耐えられず、友人を呼んでは、帰るのをヒステリックに止めるようになりました。 そしてある日どうにも耐えられなくなった私は、母方の祖母へSOSの電話をかけて、そこからしばらく親たちが協議したのちに、母方の祖母の家へ引き取られることに。 当然学校は転校になり、小学校3年生の2学期に新しい学校へと転校することになりました。

娘から見た”その頃”の母は。

一緒に暮らしていた頃の母は「明るくて優しい」というより、いつも完璧にしなくては!という窮屈さの中にいたように思います。 どんどんウツっぽくなっていく母は、いつも昼間には薄暗い部屋で、友達に電話をしていました。 抱きしめてもらった記憶も、頭を優しくなでてもらった記憶もありません。料理は確かに美味しかったと思うけど、今となっては思い出せません。

娘から見た”数年後”の母は。

小学校高学年の頃、うちに小さな猫が来ました。 一人っ子だった私のためにと、母がもらってきた猫です。 確かに猫は好きだったから嬉しかったけど、私は一緒に来た、母の彼氏が気になっていました。 なんだか嫌な感じです。 その頃の母は、幸せそうには見えませんでした。 必死で幸せになろうとしているように見えました。 その後、量販店で働く母のところに遊びに行ったとき、その彼もきていて、私と話そうとしてきましたが、嫌悪感しかなかった私は、量販店の中をその人を巻くように逃げていました。 でも、母を傷付けるのは本望ではありません。 口には出さないようにしていました。

娘から見た”今から20年近く前”の母は。

私が大学3年になる頃、母は別の男性をうちに連れてきました。 祖母と叔父と、そして私に紹介するためです。 そして私は、母が再婚するのだと知りました。 その頃私にも彼がおりましたので、人が人を好きになることは理屈やきれい事だけでは無いことも知っていましたし、なんとなく、母の将来を心配していたので、素直に受け入れることができました。 もちろん、その方はとても優しそうで、一緒にいる母が安心しているのが分かったからです。誠実そうな雰囲気に、私も安心しました。 お相手は初婚だったので結婚式をしました。 私が初めて参列した結婚式は、母の結婚式でした。

母親から受ける影響は。

人は、親や育つ環境から受ける影響が大きいと言います。 特に母親の影響が大きい。 母のお腹から生まれ、幼少期に一緒に過ごすことが多いので、それは当然のことだと思います。これが、連鎖的に子育てに影響を及ぼすことがあります。 例えば、暴力を受けた母親であれば、同じようにこどもに暴力を、厳しく育った母親は、こどもにも厳しくする。スキンシップをたくさん受けて育った母親は、こどもにスキンシップを取ることに抵抗がありませんが、そういう経験が少ない母親は、こどもにどうやってスキンシップをしたら良いかわかりません。 それは幼少期に経験したことが”潜在的に”入り込み、意識に上がってこなくても、記憶しているからです。 私の母は、祖母から厳しく育てられました。それは厳しいというよりも、とにかく”過干渉”だったのです。 それが嫌で、家出するように父と結婚した母は、反抗期の私に対しても同じように接してしまうことに悩みました。 そして悩み、苦しみ、育児ノイローゼのようになっていきました。

この経験から”娘が”思うこと

※注意※ 一つの参考としてください 一つの見方としてください 大切なのは、自分の価値観ではなく、こどもの価値観を知ろうとすることだと思っています。なぜなら、私がこの経験から学んだことは、こどもの愛情は母親以上であること、母親も未熟な時期があること、そして、母親と娘であっても、同じ人間ではないことです。 ですから、母親と娘は(だけではなく、他人とは)本当の意味で理解し合うことは容易ではありません。ですが、相手を受け入れる事はできると思います。そのためには、どこかで自分自身を許すことも大切なのです。 この物語と、この後の話が、今悩むお母さんの助けとなりますように。

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